パフューム

トム・ティクヴァ。『ラン・ローラ・ラン』というワンパンチで彼は世界の映画ファンをノックアウトした。人生はやり直せないが映画の中ではいくらでもやりなおせるという作品で、タイトル通り、ローラという女の子が彼氏を救うためにひたすら走り続ける。彼女は彼氏を救う事が出来なかったら、人生が巻き戻って、「もしここがこうだったら」という、パラレルワールドが展開される。スタイリッシュな映像とアニメを組み合わせ、かっこいい音楽で見せる“若い”作品で、若者を中心にミニシアターでブレイク。この映画は評判が良く、映画を語ろうでも採点が多い。つまりそれくらい観た人も多かったという事だろう。

次作の『ヘヴン』は彼の振り幅のデカさを思い知らされた傑作で、キェシロフスキの遺稿を映像化した物だが。彼はやかましい音楽とMTV調の演出を一切封印して、極端に説明の少ない、ラブストーリーを提示してきた。今までに見た事ない映像と展開。何よりもラストの空撮は見事と言うしかなく。あの映像を撮るために新しい技術を導入したという、キューブリックも顔負けの完璧主義者になっていた。何故かこの作品は評論家受けがよかったが、一般にはヒットしておらず、彼が『ラン・ローラ・ラン』だけの監督だと思ってる人も多いと思われる。

さて『パフューム』である。この作品は彼の成長、そしてどういう作品を撮るかわからないという将来性を感じさせる作品になった。

まず、映像だが、一体この絵を作るためにどれだけの時間と労力がかかったのだろうというくらい完成度が高い。CGもここしかないというところで使ってるし、魚の死骸とか、汚い物を使って映像美を構築してる点も見逃せない。衣装から小道具まで徹底的にこだわり、役者も顔だけで選んでいるような印象を受ける。女の人が裸で出てくるのだが、肌の質感を絵画的なタッチに演出していて、全編美術館のような美しさがあった。

ストーリーがまたすごくて、匂いが映画の主題になってるのが勝利した要因。「BECK」というバンドのマンガがあったが、そのマンガから音が出る訳じゃないので、想像するしかない。それと一緒でこっちには匂いまで伝わらないから、想像するしかない。その演出がとにかくうまいのだ。

さらにすごいのがこの映画は『バリー・リンドン』と同じ方法で撮られている。

キューブリックの『バリー・リンドン』は18世紀の時代を再現するために、ありとあらゆる部分を凝りまくって、徹底的に絵画的な映像にした。それが3時間続くわけだから、全カット見逃せない作品になってる。

なんだけども、その絵画的な映像を見せきるためにキューブリックは説明的なセリフを一切排除した。つまり『バリー・リンドン』は物語の進行を全部ナレーションまかせにしてあるのだ。その結果、キャラの心情なども全部ナレーションまかせにしてあるので、ポーリンケールは『バリー・リンドン』を「美術館のスライドショーに出席する方がまだマシ」と酷評した。まぁこれは映像美を見せきるための方法で、映像作家としてはすごいのだが、演出家としてヘタクソだと言う事になる。だが、その映像美だけを見せきるためにナレーションを使った『バリー・リンドン』は方法としては間違いではない。

この『パフューム』もそう、主人公の心情、行動、全部ナレーションまかせ。主人公が喋らないという設定もそうだが、説明的なセリフが一切無いため、映画の世界にも入って行けるし、何よりも映像、展開にまったく無駄がない。そのせいか、2時間30分飽きずに観れた。ここは描かなくてもいいという所は猛スピードで進み、じっくり描かなくてはならないところは時間をかけて描く。

主役を演じたベンウィショーは『ヘヴン』のケイト・ブランシェットと一緒で基本的に喋らない。完全に絵に同化させるための演出になってた。驚いたのがダスティン・ホフマン。彼は今までとはまったく違うキャラで出て来た。こういう変化球もあるところがこの作品のおもしろいところだろう。

この作品はここまで書いたが、ストーリーについて一切言及出来ないという作品の1つだ。だからその衝撃、展開、美しさは是非是非映画館で体験して欲しい。そして、これがおもしろかったら『ヘヴン』も是非観ていただきたい。