アメリカン・ギャングスター

アメリカン・ギャングスター』鑑賞。

リドリー・スコットの新作。リドリー・スコットはとても好きな監督で、作品にハズレがなく、エポックメイクを作ったあとも精力的に活動し、近年も傑作を撮り続けていて、『グラディエーター』や『ブラックホーク・ダウン』は私の大好きな映画でもある。

私の中でリドリー・スコットは元になる映画のテイストをうまく持って来て、自分のものにしてしまうのが上手い人という印象がある。『デュエリスト』は『バリーリンドン』だし、『エイリアン』は『ジョーズ』だし、『テルマ&ルイーズ』は『地獄の逃避行』だし、『グラディエーター』は『ベン・ハー』だし、『ブラックホーク・ダウン』は『プライベート・ライアン』だったりする。

このように様々なジャンルにも手を出すリドリー・スコットだが、ついにギャング映画に手を出した。これがとにかく素晴らしかった。

アメリカン・ギャングスター』はギャング映画なんだけど、その麻薬犯罪を撲滅させようとしてる刑事に追われるので、言えば、ギャング映画と刑事ドラマのいいとこ取り。それぞれの視点、それぞれの思惑、それぞれの生活が対比され、2時間37分、怒濤の展開でラストに結実していく。

前半は『グッドフェローズ』のようにデンゼル・ワシントンが成り上がっていく様子や、ラッセル・クロウがどういう刑事で、どういう人となりで、どういう生活をしてるのか、その生活っぷりを事細かに描写する。どのように身内をしつけ、どのような食べ物を食べ、どのように人脈を広げていくのか、このディテールの積み上げ方は見事だ。『グッドフェローズ』はマフィアのリアルな生活っぷりを徹底的に描いたが、組織全体というよりも、キャラクター個人の生活を覗き見してるような描き方をリドリー・スコットは選ぶ。

2大スター共演という映画は好きではないのだが、『アメリカン・ギャングスター』に関して言うと、ラッセル・クロウデンゼル・ワシントンでなければならない意味が見えて来る。

ラッセル・クロウは落ちてる大金を警察に届けるほど正義感は強いが病的な女好きで、デンゼル・ワシントンも悪人なのだけれど、紳士的で、曲がった事は許さない。

それにしてもラッセル・クロウが女好きとはストレートなキャスティングだがやはり見事だ。特に後半のラッセル・クロウデンゼル・ワシントンの演技はホントに素晴しいと思う。口の動かし方やニヤリとする表情など言うこと無い。

前半はタルいといろんなところで言われてるんだけど、私はこの徹底したリアリズムに驚いた。確かに物語を運ぶプロットとディテールが混ざりすぎてる感は否めないが、刑事とギャングをあれだけ同じ比率で、同じ細かさで同居させて3時間ない映画はそうないからだ。

このタルいと言われてる前半、いや中盤に『アメリカン・ギャングスター』のすべてが集約されてると言ってもいいだろう。伏線もキャラクターの行動も、さりげないセリフも役者の表情も最初の1時間30分くらいに詰まっている。

そして後半だが、後半は怒濤の展開で、観る者をグイグイ引き込んでいく。特に軍の飛行機の中を捜索するシーンと、デンゼル・ワシントンの家を捜索するシーンのカットバックはゾクゾクする。それぞれをカットバックせずに描いたら、至って普通の映画になるところだが、リドリー・スコットはそうさせない。

クライマックスには怒濤の銃撃戦を用意し、ラストは前半の描写と悪徳刑事の隠し味が効いてるから、2人の行動にも納得するようになってて、見事にスカッとさせる。

映像的にはそこまで凝ってるわけではないが、あいかわらずの残酷描写と女の素っ裸が出て来て言う事なし。さらにデンゼル・ワシントンが○○されるシーンでは数カットだけで演出するなど、あいかわらずの切れ味。ハッキリ言って編集しだいではもっともっと傑作になり得たかもしれないが、私は好きな映画だ。『グッドフェローズ』と『フレンチ・コネクション』を観てから行くと感動すること必至。あういぇ。