大人を困らせたいんだ

2月14日のバレンタインデーに『少年メリケンサック』が公開された。まだ観てないのだが、非常に楽しみにしている。何故かと言うと監督の宮藤官九郎は『少年メリケンサック』の前にバンドの映画『アイデン&ティティ』の脚色を手がけたからである。

アイデン&ティティ [DVD]

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アイデン&ティティ』はみうらじゅん原作の漫画を映像化したものだ。ブームが過ぎ去った後に方向性をもがき苦しむバンドを主題にした作品だが、監督は個性派俳優の田口トモロヲ、しかも主演は当時、GOING STEADYを解散したばっかりの峯田和伸。原作者から、脚本家、さらに監督、主演までもがバンドの経験者。バンドの物語をバンド経験者が撮るというありそうでなかった作品だが、バンドの物語なので、ロックである事とは何か?を追求しつつ、その追求が生きる事は何か?人を愛するとは何か?というところにまで落とし込んで行くところが『アイデン&ティティ』のおもしろいところであり、深いところでもある。

さて、この『アイデン&ティティ』だが、私は非常に好きな映画だ。クドカンらしい台詞まわしもあり、出演者の完璧な演技と役者の演技を中心に据えた演出は新人離れしていて、ロックを突き詰めた主題は『さらば青春の光』同様、ロック好きは絶対に観なければならないレベルの作品だと言える。楽曲はもっともっと規制の音楽を使ってもよかった気はするが、バンドブームを再現するためにペケペケの音楽を作ったとも考えられる。映画版の『アイデン&ティティ』はかなり原作に忠実で、原作のファンもかなり納得したんじゃないだろうか。

アイデン&ティティ』においてロックである事は理想なのだが、理想ばかりでは人は生きていけず、みんな社会に権力にのまれて行く。アメリカンニューシネマに通ずる権力への反発と敗北を感じさせるストーリーだが、それをホントにろくでもない青年の話にしたのが素晴らしかった。ロックミュージシャンである中島は売れる為の音楽を作らなくてはならない人として、もがき苦しむ。中島は彼女が居るにもかかわらず、簡単にファンとセックスするし、ケンカっぱやいし、社会に対して権力に対して大人に対して嫌悪感を人一倍もち、社会に適応する事が出来ない。人として欠落しているし、ロックミュージシャンとしては中途半端だ。メジャーデビューしたが売れず、代表曲は『悪魔とドライブ』だけ。路線を変えても受け入れられず、中島は最終的にロックであり続ける事を求め、結局「大人を困らせたいんだ」と言って、ある行動を起こすが、それは決定的な敗北であった。この敗北感が同じロック魂の映画『さらば青春の光』を彷彿とさせる。かつてのモッズが就職してしまってるところも似ているし。

んで、押し入れから『アイデン&ティティ』を引っ張り出して、久しぶりに読んだのだが、久しぶりに読んだら号泣してしまった。正直、映画は男泣き必至で原作では泣かなかったのだけれど、大人への反発というメッセージが今更に染みた。原作では映画よりも中島はダメ人間で、『アイデン&ティティ』の中島は才能がなく、世渡りも下手で、常にセックスの事ばかり考え、オナニーばかりしていて、決してスーパーヒーローのように描かれない。普通の人間として、普通の音楽好きとして、ロックを追求し、生きる事を追求する事が私のような人間にはことさら作用する。ボブ・ディランのフレーズが連発され、権力に対して、大人に対して、社会に対して、ツバを吐き捨てるボンクラにとって『アイデン&ティティ』はバイブルなのだ。

と言う事で、社会の底辺に居ながら、社会に権力に文句ばっかり言い、理想論をわーわー言っては、何も行動しようとせず、モテない事を周りのせいにしているようなオレのような人間は絶対に読んだ方がいいです。そう言えば『アイデン&ティティ』の続編が出てるようなので、今度買ってこようと思う。あういぇ。

アイデン&ティティ 24歳/27歳 (角川文庫)

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