ハードボイルドとボイルドエッグズ

20日
ダシール・ハメットの『血の収穫』を読んだ。黒澤明が『用心棒』を作った際に参考にしたハードボイルド小説で、後年「あれは断らなければならないくらい使っているよね」と公言した作品。コーエン兄弟も『ブラッド・シンプル』と『ミラーズ・クロッシング』で影響を受けてて、トドメに我らが岸川センセーが『フリーの教科書』で紹介していたので購入した。

血の収穫 (創元推理文庫 130-1)

血の収穫 (創元推理文庫 130-1)

『血の収穫』を読むと、「ああそうそう、ハードボイルドって本来はこうだったよな」と改めてハードボイルドというジャンルを認識させてくれる。つってもチャンドラーしか読んでないんで偉そうな事は言えないが、感情をこれでもかと排除した冷静な文体、徹底した街の描写力、酒、葉巻、、、、

それにしても『血の収穫』はおもしろい、無茶苦茶傑作だと思う。1929年の小説で80年も前なのにまったく古びてない。というか、この表現方法はショックだったんじゃないだろうか。街を牛耳ってる男に依頼された探偵がポイズンヴィルにやってくる。やってくるのだが、いきなり依頼主が殺されてしまい、その殺人事件を追う事になる。全体の三分の一でその殺人事件は解決するのだが、そこからの展開がすごくて、マフィアに取り仕切られ、警察も腐敗し、さらにその両方から命を狙われた主人公は、このポイズンヴィルの大掃除をしようと、彼らと関わりがある娼婦と共に立ち回り始める。

何よりもかっちょいいのは、『血の収穫』は血まみれ、血みどろ、殺しまくり、大殺戮小説であるというところだ。足がちぎれて、その足を持ったまま車で逃走するという、無茶苦茶クールなシーンまで出て来るくらいで、すげぇかっこいいと思ったのは、いきなり家に帰って来ると銃撃されたり、車で走ってると不意に弾丸が飛び交ってたりする、不意打ちの暴力である。扉を開けるといきなりゾンビが出て来る『バイオハザード』の如く、主人公も予期しなかったところで(もちろん予期して、扉を開けた瞬間にかがんで、前回りで飛び込んでいくというところもあるが)、弾丸が頬をかすめたりして、やたらそこがかっこいい。

黒澤明は公言しているが、ハッキリ言って、『血の収穫』と『用心棒』は全然違うものだと思う。インスパイアされたのは設定だけで、これが元ネタと言われても、そんなに似てるとは思えない。むしろ、『血の収穫』を読んで、似てると思ったのは、やっぱりコーエン兄弟の『ブラッドシンプル』だ。事件が起こってる中で、互いの思いや行動が交錯し、それが掛け違えたボタンのようにずれて行き、思わぬ方向に転がって行くというのはすごく似ている。『血の収穫』では主人公の探偵がものすごくキレ者で、事件に関わる人間関係をどんどん推理し、次々と起こる殺人事件の犯人もズバズバ当てて行くが、『ブラッドシンプル』ではコーエン兄弟の映画ならではのキャラ設定で、全員がマヌケであり、逆に事件に対して、全員が勘違いをして、何も当てれてないというところがおもしろい部分なんだろう。

てなわけで、あまりに乾き切った文体のため、最初は拒絶反応を起こしそうになったが、ホントに1929年の小説とは思えないくらいかっちょいい作品。逆に言えば、今、ハードボイルドと呼ばれてるものはぜーんぶこれが下敷きになってるので、つまらないわけがない。おすすめ。

これ読んだらコーマック・マッカーシーの『血と暴力の国』がまた読みたくなったなぁ。

20日
仕事終わりでバンバンから借りた水曜どうでしょうのDVDを妹と鑑賞。第11弾はクラシックでも放送しなかったサイコロ5収録。これはDVD化のために放送しなかったのか?それともオレが見逃してたのだろうか??

妹は『ここまで来ると抜群の安定感だな』と言ってたけど、いや、ホントにそう思うなぁ。酒を飲みながら3時まで観てしまう。

21日朝
鴨川ホルモー』を読む。万城目学の文体はおもしろいし、確かに新しい。ぼくはすごく好きな文体だ。

万城目学は一言で説明出来るモノを、回りくどく笑わせながら柔らかく説明し、それが「うっとうしいなぁ」とか、「イヤミな文章だなぁ」と思わせない能力に長けている。そして、それが世界観を形成していると言って良い。

例えば、「ダサいヤツ」と書けば、それ以上でもそれ以下でもない、普通であれば、これこれこういう服装をして、これこれこういう髪型をしているからダサいヤツという文章になる。ところが万城目学は、“お菓子のシガレットの喰い方がおかしい”というところから入って行って、出口が“リズム感ゼロの黒人”という例えで終わる。何の脈略も無いように思えるだろうが、これが万城目学のリズム。これを違和感が無いように読ませる事が出来るのだ。音楽で言えば、変拍子とシュールな歌詞をポップソングとして聞かせる事が出来るバンドと言ったところだろうか。

あと、「そこそんなに深く書き込まないとダメか?」と感じてしまう部分があったりするのだけれど、それすらもリズムにしてるところがユニークだと思った(数ページに渡ってやり取りした後、次の展開でたった一言の回答にして、前フリが長い!と言う風にする)。言えば、大胆に刈り込んで構わないんだけど、この物語に何ら関係ない部分をじっくり描く事にオフビートな小説になってるんだと思う。半分まで一気に読んだ。

21日昼
ブックオフ巡り、お宝をかなり掘り当てた。これについてはまた後で書こうと思っている。めるへんさん一押しの『どついたれ』を発見するも高くて断念。あういぇ。