ワールドカップが日本で開催された時の話。当時ラーメン屋で働いていたぼくは、15時頃、誰も居なくなったホールに出ながら、掃除したり、店長とくだらない話などをして時間をつぶしていた。しばらくすると、店名が貼られたガラス窓の向こうから、髪の毛が若干薄い、白人男性が見えた。その白人は、どんどんこちら側に向かって来て、店のチャイムを鳴らした。
「いらっしゃいませー」
「————ニホンゴワカリマセーン」
出鼻をくじかれた。彼は日本語がまったく分からないようだった。
カウンターにどっしりと座った白人にぼくは恐る恐るお冷やを運ぶ。運ぶやいなや彼はメニューの餃子とビールを指差した。指差したと思ったら、薄汚いジャンパーのポケットから小銭の入った袋を取り出すと、カウンターの上におもむろにジャラジャラと並べ始めた。
「あー、あとー、支払いはあとー」
支払いという単語すら分からないぼくは途方にくれた。後方に目をやると、店長が「オレに振るな!」というオーラを放ちながら鍋を洗っている。
とりあえずいそいそと生ビールを入れて、持って行き、餃子を焼く。焼く間も彼は小銭をジャラジャラしている。餃子が出来あがる前に、ぼくはタレ皿を持って行った。彼は何やら英語で「これは何に使うんだ?」と聞いて来る。いやーな汗を背中に感じながら、ぼくは身振り手振りで説明した。
「ディス イズ ソーストレイ!トレイ イン ビネガー&ソイソース&ホットオイルー!!」
「Oh!OK!OK!」
なんとか第一関門はギリセーフ。すると餃子が焼き上がった。素早く皿に乗せて、彼の元へと運んだ。
「ディス イズ チャオズー!OK?」
餃子を持って行っても彼は小銭をカウンターに並べて来る————ぼくは思った。きっと、外国の方は、注文する側から清算するのが、当たり前なのだと————カルチャーショック!
とりあえず小銭を集めて電卓をレジから持って来ると、目の前で計算した。
そこで、とんでもないハプニングに出くわす。
なんと彼はメニューに書いてある金額しか出してなかった。当時は税込み表示が義務化されてないので、メニューにしか書いてあるのは税抜きの値段だ。ぼくはパニクった。
そもそも消費税って英語でなんて言うんだ!?それで彼は納得してくれるのか?
オロオロしながらも頭に浮かんで来たのはビートルズの『Taxman』という曲だった。
ぼくが生まれてから最初に触れた活字はビートルズのライナーノーツだった。アンソロジー発売後だったので一曲一曲に関するエピソードなどが事細かに書かれていたライナーノーツはぼくにとってのバイブル。すぐさま『Revolver』のライナーノーツを思い出す。
『Taxman』は税金の高いイギリスを痛烈に皮肉ったジョージの楽曲である。必死で歌詞を思い出した。そうだ!『Taxman』は税金取りの事だ!
ぼくはすぐに彼に言った。
「(メニューと小銭を交互に指さしながら)ディス マネー プラス タックス!!」
「OH!Tax!!sorry!!OK!OK!」
すぐに電卓で税込みの金額を打ち込み、その分の小銭だけ回収したぼくは、餃子を焼く機械をお掃除しながら「いやぁ、ビートルズを聞いててよかった」と心の底から思った。
————という思い出も込みで、ぼくの好きなビートルズのアルバムは『Revolver』で好きな一曲は『Taxman』です。あういぇ。
有名人が選ぶビートルズの好きな一曲とは?
http://www.emimusic.jp/beatles/special/20090909_comment.htm

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