鹿男あをによし

鹿男あをによし』読了。

鹿男あをによし

鹿男あをによし

万城目学の『鴨川ホルモー』にはかなり驚かされた。京都を舞台にしたこともあってか、どこかノスタルジックで、夏目漱石をトリビュートしたような文章もすごく好きなリズムだった。それだけじゃなく、オニを使ってバトルを繰り広げるホルモーなる競技が妙で、これも歴史やその土地の風習などがしっかり描かれていて、民明書房のような妙な説得力があった。ホルモーという響きや、レナウンを歌いだすくだり、レーズンの使い方など、それが『すごいよ!マサルさん』のセクシーコマンドー部を彷彿とさせたので、そういう奇の衒いかたが大嫌いだったぼくは読まず嫌いだったのだけれど、読んでみるとそこまで鼻にはつかなかったところも好感を持った。まぁ、それでもレーズンとレナウンは明らかに浮いていたので、それは止めた方がいいんじゃないかとは思ったが…

鹿男あをによし』は万城目学の二作目にあたる。これがまたおもしろかった。前作でマイナスに感じたうすた京介的なシュールさ*1は完全に鳴りを潜め、あくまで日本古来の伝説という風にしたのは大正解。現代版『坊っちゃん』と評されてるようだが、共通点は先生にニックネームがそれぞれ付いてるくらいで、延々とバトルシーン(剣道の大会)を描いたり、みょうちくりんな神々が登場したりと、あくまでも前作『鴨川ホルモー』と同じような構成を持っている。本気なんだか冗談なんだか分からない伝説や歴史のうんちくはいわゆるマキメワールドなのだろうか。ただ前作と決定的に違うのは、伏線で、これの張り方と回収が見事だった。

鹿に呪いをかけられ、顔が鹿になってしまった「おれ」(周りからは普通の顔に見える)が、その顔を戻すために堀田という生徒と剣道の大会で優勝を狙うという、なんのへんてつもないプロットなのだが、とても細かいディテールで読み手を牽引し、さらに、絶対に気づかせない伏線の細かさとそれを全部回収するという前作にはなかった技で感動させてくれる。

伏線と言えば伊坂幸太郎もその使い手として名高いが、『鹿男あをによし』は鹿が喋ったり、顔が鹿になったりと、奇想天外なぶっとんだ世界なので、生活の描写が湛然な分、そこに伏線を滑り込ませるのが効果的になってる。何気ない一言、ちょっとした行動が、あまりネタ振りに感じないのだ。伊坂作品だと「これは絶対にネタ振りになってるに違いない」と勘ぐってしまうが、それを気づかせないのはさすがだなと思った。

短いセンテンスで京都の空気感をすくいとる描写力、読むスピードを落とさない疾走感溢れるバトルシーン、そして伏線がどんどん回収されていくラストまで楽しく読ませる『鹿男あをによし』。『鴨川ホルモー』がおもしろいなぁと思った方もガッカリした方もおすすめ。伏線が分かったうえでもう一回読むとまた楽しいかもしれない。あういぇ。

鹿男あをによし DVD-BOX ディレクターズカット完全版

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*1:誤解されるとあれなのだが、ぼくはうすた京介は嫌いじゃない。ただ、その後に出て来たフォロワーが死ぬほど嫌いでそれ故に、好感をあまり持ってない。『武士沢レシーブ』なんかは連載中から楽しく読ませていただいた