サイコでホラーな陰惨トラウマカンフー映画『ツーフィンガー鷹』

町山智浩の『トラウマ映画館』ではないが、子供の頃に観て、あまりの怖さにそれ以来観れなくなり、今日に至るという作品があると思う。特にショッキング系の作品はそうなのではないだろうか。あと子供の頃そっくりだと思っていた『シンデレラ・ボーイ』と『死亡遊戯』に出て来るリーのそっくりさんが実はよく見るとあんまり似てなかったとか――――それは少し違うか。

話が少しばかりそれたが、ぼくにとってはユン・ピョウ主演の『ツーフィンガー鷹』がそれにあたる。

と言っても強烈に覚えているのはユン・ピョウの敵にあたる人が妙なメイクをしていたことと、洗濯物だかぞうきんだかをギューっと絞ってカンフーの修行をするというところしか覚えていない。

じゃあ、何がトラウマなのかっていうと、この妙なメイクをした人が神出鬼没で、ホラー映画のそれのように暗闇から急にドンと現れ、執拗に強かったのが子供ながらにやたらと怖かったからだ。

このメイクだよ!

ゾンビ映画大マガジンのおかげでゾンビ映画にハマっており、未見だった作品をレンタル屋で探していたら、ジョニー・トーの『柔道龍虎房』と共にこの作品が目についた。久しぶりに観るとトラウマは克服出来るかなぁという思いつきでレンタルしてみたのだが――――いやぁこれがどうして、『ツーフィンガー鷹』は今観てもかなり恐怖指数の高い、サイコでホラーな血まつりカンフー映画なのであった。


アメリカだとDVDのジャケにまで採用されるインパクト!!怖いっ!

ストーリーは白虎という悪党が妻と逃亡しているところから始まる。何もない荒野、照りつける太陽で水分を奪われ、さらに水筒の水も尽きたところにたまたま茶屋があり、命からがらそこへ入ったところ、「従業員が多すぎ」「客が一人もいないのにラーメンを作り過ぎ」とすぐに異様な雰囲気を察知する。その瞬間、白虎夫婦に襲いかかる店員たち。彼らは賞金のかかった白虎を殺すために茶屋を装って待ち構えていたのであった。激しい戦いの中、不意をつかれて刀で斬りつけられる妻。怒り狂った白虎はその場に居た賞金稼ぎの連中を惨殺し、失意のまま仲間の元へと逃げ込んだ。

一方、洗濯屋で働くユン・ピョウはヘタレな性格のせいで、まともに集金も出来ずバカにされる毎日。代々伝わるおまもりとして、首から鈴を下げていたのだが、その鈴の音をたまたま聞いてしまった白虎が過剰に反応した。白虎の奥さんは足首に鈴をつけており、ユン・ピョウの鈴の音が奥さんのそれと一致してしまったのである。

鈴の音を聞いて、奥さんが殺された瞬間がフラッシュバックした白虎は逃げ込んでいた劇団で奇怪なメイクをし、たまたま近くにいた屈強な劇団員を惨殺、そのまま街に出て、ユン・ピョウを探して彷徨い、執拗に追い続けるのであった……

この作品が恐ろしいのは、いわれのない恨みを他人から持たれてしまったヘタレな男が、原因も分からずに殺人鬼に追われ続けるということである。

しかも、その追い方たるや尋常じゃなく、執拗という言葉がこれほどまでに似合うシーンもないくらいで、ユン・ピョウは手を替え品を替え逃げ続けるのだが、白虎という殺人鬼は彼を殺すまで絶対に諦めない。香港映画特有のギャグもかなり織り交ぜられているが、そのギャグですら前フリになってる始末で、白虎登場シーンはすべてホラー映画のそれのように演出されている。そのキャラクターたるやまるで「香港のレザーフェイス」であり、そのあまりのインパクトにとあるショップでは彼の顔をプリントしたTシャツが作成されているほど。


うーん。欲しい。

割れた鏡で首を斬ったり、身体の外側から内蔵をぐちゃぐちゃにしたりとベタなギャグに対して惨殺シーンは陰惨極まりない。唯一の救いはゴアエフェクトに金がかかってないことで、血の色や肉体の損傷に作り物感が強調されてまだ安心だという点――――かと思うと、白虎が狂ってることを表すために、ゴキブリの首をもぎとって、タラーっと体液を垂らしたり、ユン・ピョウが逃げてる最中に生きたニワトリの首をもぎ取ったりと、今やったら動物愛護協会からクレームくること必至のモノホンを使ったシーンが飛び出したりして、作り物感で安心していた我々の度肝を抜いて来るのであった。


立ちションをしている警官の背後には白虎の姿が……ゾゾゾ………当然ながら素手で惨殺される。

説明しただけで、この悲惨さだ。ジャッキーに魅せられて、カンフー映画ばかり観ていた幼稚園児が、それこそ『スパルタンX』や『酔拳』のノリでこの作品に出くわしたわけで、そこを鑑みれば何故この映画がトラウマになったのか察していただけると思う。

さて、この『ツーフィンガー鷹』は確かにトラウマになってしまうほどの怖さを持った作品であるが、映画自体は傑作だ。監督はユエン・ウーピンだが、彼の監督作の中でも最高峰の部類に入ると言ってもいいだろう。

デ・パルマ映画のようにカメラは絶えず動き続け*1、会話シーンですら一瞬たりとも気が抜けず、エイゼンシュタインのような突拍子もないモンタージュが飛び出すことでシーンの繋がりを映画的に演出する――――例えば悪人がテーブルにバンっ!と手を置くと、次のカットでその手がユン・ピョウの手にすり替わっていたり、先ほど書いた、身体の外側から内蔵をグチャグチャにするというシーンも、事件が起きていたそばで中華料理を食べているシーンがカットバックされ、身体をまさぐったと思ったら、次のカットでは鶏肉がグチャグチャにほぐされるのだ。これは身体の中が外側からグチャグチャにされるというメタファーなのである。

香港映画ではおなじみの獅子舞のシーンもスローモーションを多用して、美しく描かれていたし、ホラー映画のごとく殺人鬼が追って来るシーンではカット割が豊富で、ベタなギャグや通過儀礼、復讐劇も盛り込まれ、一本で複数のジャンルを楽しめるようになっている。

というわけで、いわゆる王道のカンフー映画を期待すると肩すかしを喰らう可能性があるが、サイコでホラーな血みどろ陰惨カンフー映画としてはおすすめ。ただし、トラウマ必至の恐怖があなたを待ち受けるので、相当な覚悟を持って観るように――――というのは言い過ぎか。記憶の奥底にはあのメイクをした男がやはりこびり付いており、結局トラウマはぬぐい去れなかったのであった。あういぇ。

ツーフィンガー鷹 デジタル・リマスター版 [DVD]

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*1:動かしすぎてピントがあってないシーンも多々あり