無限に広がる夢幻世界『ツィゴイネルワイゼン』


現実世界と幻想の境目、生と死、音楽と美術のコラージュ、夫婦、腐りかけた桃、女と男、狂気、暗闇、ロマン、すき焼きの中のこんにゃく、サラサーテ、妄想、煙、妖艶、赤い骨、白い肌、股ぐらのカニ、裸体、寄せては返す言葉、光と影、舞い散る花びら、夢……

冒頭、砂浜で数人の男に囲まれた原田芳雄がとうもろこしを喰らいながら、男を投げ飛ばし、そこから出て来た女の死体の股ぐらから赤いカニがワラワラワラと飛び出してくる。それと同時に流れるシャンシャンシャシャシャンという不穏な旋律………

映画の中に現れる数えきれないほどのイマジネーションの洪水、これらのイメージを羅列し、文法をぶっ壊した展開。破錠しそうな物語を淡々と紡ぐ緊張感に溢れた演出。和物にこだわった音楽と説明不能な世界観の美術。切り取った風景や言葉を貼り付けただけのコラージュと侮るなかれ、これは鈴木清順が持てるテクニックと感性を総動員して作り上げた夢と現実の話。

押し寄せる不可解なイメージとシュールな世界、これはどこからが現実でどこからが幻想なの?強烈な映像世界と印象的な言葉が脳内にこびりつき、観た後もずーっと引きずってしまう。

自分の頭の中にあるイメージを再現し、切り貼りして、全体的なデカいイメージに繋げていく。その手法たるやゴダールに近しい感じなのだが、映画を破壊し、現実を見せるゴダールと違い、清順は文法を破壊しながらも決して観客を現実には戻してくれない。それくらい純正な“映画”であるとも言える。

狂気を再現した原田芳雄大楠道代、ヘタクソながらも味がある藤田敏八、透き通るような美しさの大谷直子と役者陣も充実しており、特に原田芳雄の目ん玉を舐めるシーンは屈指の名場面(再見するまでここしか覚えていなかった)。2時間20分を超える長尺ながら、個性的な役者と大胆な構図でグイグイ観る者を惹き付けていく。

いやぁ、それにしてもこういう映画の脚本を渡されたら、役者はどういうリアクションをするのだろう。というか、脚本にはどういう風に書かれているのだろうか。“ひたすらこんにゃくをちぎる”とか文章にしてあるのだろうか……

鈴木清順は後年幾分フリーキーな作品を作るようになったが、実は日活の職業監督という括りの中で自分のやりたい事を盛り込んでた時の方が好きだったりして、この辺の映画はとても理解出来ない。

ただ、理解してないながらも、最後までなんとなく観れてしまうし、ハッキリ言えば好きな映画であることは間違いない。逆にこの後からの『陽炎座』と『夢二』がちょっと……

原田芳雄さんがお亡くなりになりました。彼はこれからもスクリーンという夢幻の世界で生き続けます。5年前に書いたレビューをちょこっとだけ直してアップしたので、文章などとっちらかってますが、ほぼそのまんま載せます。合掌。