ゴダールひとつの到達点『カルメンという名の女』


ジョゼフという男が警備している銀行にカルメンを含む銀行強盗の一味が侵入。ジョゼフはカルメンを捉えようと追い続けるが、いつしかカルメンに惹かれるようになっていた。一味のアジトであるアパートで愛し合う二人であったが、警察はジョゼフを一味と勘違いし、彼を逮捕してしまう。間一髪で逃げたカルメンとジョゼフは出所後に再会するのだが……というのが主なあらすじ。

直球のラブストーリー。ジャンル映画を再構築するゴダールが今度はカルメンを換骨奪胎。60年代にみられたB級犯罪映画の香りも漂わせ、音楽、映像、音響、演技、言葉の方向性がぶつかることなく、それでいてとてもフリーキーに互いの効果を高め合う演出。意味が分からないシーンも多々あるが、政治に傾倒していた頃に比べれば、このテイストは嬉しい。『勝手に逃げろ/人生』で劇映画に復活してから『パッション』を経て、ラウル・クタールのカメラを武器に作り上げたゴダール究極の芸術は結果、ベネチア映画祭金獅子賞を勝ち取ることになる。85分という上映時間も潔い、80年代ゴダールの快作。

ゴダールリア王』なんて邦題があるが、この作品はずばり「ゴダールカルメン」であり、むしろカルメンっていう名前じゃなくてもいいくらい、彼のスタイルになっている。映画を撮るために銀行強盗をしたら、そこの警備員と恋におちるという設定や女が堕ちていくというのは60年代のゴダールを彷彿とさせるし、様々な映画監督を登場させて来たゴダールが本人役で登場するというサプライズもあり、そう言った意味で原点回帰な作品になっていることは間違いない。最終的にはお上品に仕上がっているが、映画の中で縦横無尽に繰り広げられる映像のスタイルは60年代の彼とは別人ともいえる完成度。ラウル・クタールの撮影とベートーベンからトム・ウェイツまで飛び出す音楽もバッチリ噛み合い、類い稀なる相乗効果を生んでいる。

政治のことを延々話すようなシーンが映画の中に登場してからは「ん?どうした?どうした?ん?ん?」と苦虫を噛み潰した顔で観るようになってしまったが、やっぱりゴダールゴダールだった。ジャンル映画の再構築、映画の中で映画史を評価するこのスタイルは彼が発明したものだし、ヌーベル・バーグの雄と呼ばれていた頃に比べると、かなり落ち着いてはいるが、洗練されてるという意味では、この作風は支持したいところ。あの押井守が「ゴダールは映画がうまくなってる」と著作で言っていたが、元々彼の出発点は究極のアマチュアリズムであったのだ。そのスタイルを『女は女である』や『女と男のいる舗道』で高め、政治色を強めた作品を通過して、これにたどり着いたというのはやはり驚嘆せざるを得ない。

言ってもわけ分からん部分は多々あるが、シンプルさも含めて、80年代ゴダールの最高傑作であると言いたい*1。おすすめだ。あういぇ。

カルメンという名の女-ヘア解禁版- [DVD]

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*1:というか、パッションとかリア王とかわけわからなかったし、探偵に至ってはあんまし覚えてないし、勝手に逃げろ/人生は観たことすらない……すいません。