もしゴッホが刑事だったら?『MAD探偵 7人の容疑者』

『MAD探偵 7人の容疑者』をレンタルDVDにて鑑賞。みんな大好きジョニー・トー監督作品。正確にいうとワイ・カーファイとの共同監督作となる。2007年の作品だが、今年の初旬に日本で公開された。

「オレは人の内面が分かるんだよ!」と豪語するマッドな刑事バンは豚にナイフを突き立てたり、スーツケースに入って階段から転げ落ちたり、さらには上司に耳を切って渡すなど、常軌を逸した行動のせいで警察をクビになっていた。ところが彼のそういった行動は犯人の心理を知るためで、その直感と推理力は人より特出していて刑事としての腕と実績は確かなもの。そんなバンに目をつけた新人のホー刑事が捜査の協力を依頼する。その事件とは、行方不明になってしまった警官の拳銃を使った連続強盗だった……というのがあらすじ。

去年『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』をベストワンにし、さらに一昨年は遅れて公開された『エグザイル/絆』をベストワンにしていて、近年のジョニー・トーとはかなり相性がいいのだが、その実、これらと同じくらい世間的に評価が高い『スリ』や『エレクション』二部作は個人的にそこまででもなくて*1、さらに『MAD探偵』はいわゆるハズレ扱いになってる『マッスル・モンク』や『フルタイム・キラー』でコンビを組んだワイ・カーファイとの共同監督ということで*2、はたしてどうなることやらと、ぶっちゃけそこまで期待せずに観た。

ところが――――またしても大傑作!近年のジョニー・トーにハズレはないのかっ!?

『エグザイル/絆』の様式美が全編を彩り、拳銃が盗まれてどうしたというのは『PTU』を彷彿とさせ、同じくワイ・カーファイとのコンビで作った『マッスル・モンク』の狂気を混ぜ込み、さらに『まぼろしの市街戦』と『その男、凶暴につき』で味付け、なのにも関わらず映画は90分以内と、無駄のないパッケージング。ただし、90分しかないものの、日本公開されなかったのも頷けるほど狂いに狂っていた。

全編、超絶な照明でもって、幻想的かつ絵画的な画作りを心がけており、ジョニー・トー作品でおなじみの「全員で食事をする」シーンや「立ったまま銃撃しながら貫かれる様式美」も出て来る。クライマックスはジョニー・トー史上屈指の名シーンであり、これが『スリ』や『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』につながっていくのかと思うと感慨深いものがあった。

話を聞けば、この作品。元々ワイ・カーファイ主導ですすめられた企画らしく、そのコンセプトは「もしゴッホが刑事だったら、どうやって事件を解決するだろう?」であった。

つまり、全編映像が妙に幻想的なのも彼の目から見た世界を表現していて、実績とは別に素性は狂った人というのもそのコンセプトに基づいている。そこにジョニー・トーお得意のエモーショナルなシーンをすべりこませた結果、このような作品になったということだろう。

脚本がない状態で撮影がスタートしてしまったために、あいかわらず、こっちが予想していく方向には転がってくれない。実際、ひとつの物語としてはバランスが悪くいびつだ。

ところがだ、この作品はメインのプロットとは別にコラージュ感覚でエモーショナルなシーンが散りばめられているため、プロット自体を追っかけなくても作品が成立するようになっている。特に中盤の食事シーンは直接ストーリーとは関係ないものの、キャラクタースタディも手伝って、ジョニー・トーの中でも今まで以上に意味を持っていて号泣してしまった。

というわけで、あまりストーリーを入れずに観ることをおすすめ。ジョニー・トーファンも納得の90分でありました。あういぇ。

MAD探偵 7人の容疑者 [DVD]

MAD探偵 7人の容疑者 [DVD]

*1:と言っても大好きな映画ではあるんだけど

*2:ただし『マッスル・モンク』は香港のアカデミー賞で作品賞を受賞している