細部に光る職人の腕『ゴーストライター』

ゴーストライター』鑑賞。新潟は二週間の限定セカンド上映。

冒頭、ある男の溺死体が発見される。彼は元英国首相ラングの自伝本を執筆していた側近であった。彼の後を引き継いで本を執筆してほしいという依頼を受けたゴーストライターが主人公。報酬は破格であったが、彼自身政治にまったく興味がなかったので、やる気はあったものの、期待に応えられるかどうか分からず、一応面接に向かう。ところが、彼の「政治には興味がなく、自伝本を書くなら人物像に迫りたい」というスタンスが妙に気に入られ、その日の夜にイギリスから、ラングが滞在しているアメリカのある島に向かうことになった。急な展開に驚きを隠せないが、本を執筆しはじめた矢先、ラングがテロ容疑者に対する不当な拷問に加担した疑いがあるというニュース速報が流れ、ついには強制捜査に踏み切るという報道が………というのがあらすじ。

政治家の自伝本を執筆することになったゴーストライターが陰謀に巻き込まれていくという映画で、とてもフィクショナルな話ではあるが、繊細かつ緻密な演出を施すことで圧倒的なリアリティを獲得。セリフによる説明はほとんどなく、静止画のようなワンカットの連続で物語を紡いでいく。ポランスキーカラーとも言うべき不穏な灰色が映画のトーンを決め、その全てが絶妙なバランス。作家性と娯楽性と芸術性を見事に兼ね備えた傑作。

とにかくこの作品で目を引くのは人物描写に関する細かい演出だ。今までの映画では見たこともないような細かい部分でのリアルな演出が細部にわたって施されている。

例えば主人公はワインを出されても「蒸留酒はありませんか?」と自分のこだわりを貫き通すくらい我が強いという設定で、そんな彼の自宅の冷蔵庫にはスミノフウォッカが入っている。アルコール度数の高いウォッカは冷凍庫に入れても凍らず、冷凍庫に入れることで少しとろみが出て、ストレートで飲むよりも甘さが際立つので、本来のウォッカ飲みはこうしてウォッカを楽しんでいるわけだが、そういう一つの画で与えられる情報に奥行きがあるのが特徴。

こ汚い風貌のおっさんから帽子を借りたら、その帽子の匂いを嗅ぐというのも神経質で潔癖な彼の性格を表し、それが後のシーンにも繋がっていたり、自転車よりも車の方がいいよと言われたあとで、主人公が乗ってる自転車のタイヤが砂利にとられるなど、あまり人の忠告に耳を貸さないタイプというのも分かる。他にもイライラして焦りが見られるというシーンでは携帯電話を何度もスライドさせるというのを何気なく入れてみたり、野菜ジュースを作ったあとに持って行こうとしたらセロリを入れ忘れて、わざわざそのセロリを入れに戻るシーンを使っていたりと、「物語」に直接必要ないシーンの積み重ねが「映画」としての機能をはたしている。

ハッキリいって作品には無茶なところが多々あり、多少なりとも強引に進んでいくのだが、この細かい演出によりリアリティを加えることでそれをウソと感じさせない説得力があるのだ。これは目からウロコであった*1

さらに音楽の使い方がいい。何気ないシーンで「何かが起こるぞ」的なベタな使い方をしているのだが、実際に何かが起きた時は音楽も鳴らず、唐突にそのサプライズがやってきて、緩急の付け方が見事。ロングショットを多用し緊張感を持たせ、いざという時はそのままワンカットも長く、それがラストに結実している。

パニクった時になるべく冷静でいようと努めるのだけれど、行動がすでにパニクっているというユアン・マクレガーのキャラがドンピシャ。『セックス・アンド・ザ・シティ』で世界を代表するアバズレを演じたキム・キャトラルもそのイメージを一新するマジメな秘書役を好演。ボンドでおなじみのピアーズ・ブロスナンも、怖いような優しいようななんとも言えない薄気味悪い存在感を見せつける。

と、ここまで書いておいてなんなのだが、なるべくならこれ以上の情報を入れずに映画を観ることをおすすめしたい。ベタな題材ながら、あっと驚く展開でエンターテインメントとしても一級品。細部で光る職人の腕を見逃すなかれ、と言っても、もうとっくに他の地域では公開は終わっているのかな??あういぇ。

*1:もちろん過去にもそういう映画はたくさんあるとは思うのだが