世界一有名な未発表アルバム『スマイル』を聴いた

ビーチ・ボーイズの『スマイル』を聴いた。「世界一有名な未発表アルバム」として名高い。

このアルバムがなぜ「世界一有名な未発表アルバム」と呼ばれるようになったかというのはここに詳しく記載されているが、ここまで伝説的な扱いになったのは、発売当時、先駆的すぎて酷評されてしまった『ペット・サウンズ』の再評価によるものと思われる。

最初から『スマイル』というアルバムは伝説的な存在ではなかったはずだ。そもそも『ペット・サウンズ』は当初売り上げが悪く、キャピトルもその音源を聴いた段階で、今までのビーチ・ボーイズのイメージとかけ離れていたために、最初から売れないアルバムと判断して、ほぼ同時期にベスト盤を出そうと企んでいた。結果発売されたそのベスト盤の方が売れてしまったことがブライアンの精神状態をさらに悪化させた。それが『スマイル』の発売中止にもつながっていく。

いつ頃からというのは断言出来ないが、『ペット・サウンズ』の再評価はポール・マッカートニーの発言がきっかけだったんじゃないかなぁと思う。

「『サージェント・ペパー』は『ペット・サウンズ』に影響を受けて作られた」というのがだんだんと世界中に浸透していき、結果『サージェント・ペパー』に影響を与えた『ペット・サウンズ』とはなんぞや?というのがロックリスナーの食指を動かしていったのではないか?

まぁ、元々ミュージシャンやヨーロッパでの評価は高かったから、それが逆輸入された形にもなったのかもしれない。ちなみに日本での再評価は山下達郎氏による詳細なライナーノーツのおかげで、その再評価の流れが全世界に広がっていったと萩原健太氏は指摘していた。

そういったいろんなタイミングの重なりによって起こった『ペット・サウンズ』の再評価と共に、その『ペット・サウンズ』を越えるものとして制作された『スマイル』への期待は否が応でも高まり、結果「世界一有名な未発表アルバム」の称号を得ることになった。実際ぼくもその存在を知った時はエラく興奮したのを覚えている。その断片に少しでも触れたいとその後のアルバムまで追っかけてしまったくらいだ。

ところがこの「世界一有名な未発表アルバム」は意外な形でその姿を現した。なんとブライアン・ウィルソンがソロの新作として『スマイル』をあっけなく発売したのだった。ライブで演奏を再現出来る形としてかなりレコーディングは早く終わったようである。そりゃそうだ、構想やデモ作成だけでいえば、30年以上の年月が流れているのだ。彼の頭の中では試行錯誤していたとはいえ、ある程度完成されていたというわけなのである。

んで、このブライアン・ウィルソンの『スマイル』は大変素晴らしかった。『ペット・サウンズ』の次の一手としては申し分なかっただろう。狂ったフレーバーの中の絶妙なポップ感にほどよいビーチ・ボーイズテイスト。もし『ペット・サウンズ』が『サージェント・ペパー』並みの評価と売り上げを記録していたら、『サーフズ・アップ』があんなに暗いアルバムにならなかったかもしれない。太陽の光が燦々と照りつけ、その光が波に反射し、キラキラしてる中、庭でトンカチを叩きながらイスを作ってるような、そんな日常が切り取られたアルバムだった。

ということからもうすでに伝説は姿を見せたわけで今回発売されたビーチ・ボーイズ版の『スマイル』には食指が伸びなかったというのが正直なところだったのだ。

まぁ、それでも気にならないと言ったらウソになるわけで、発売から一ヶ月以上経ち、ようやく手に入れることが出来た。と言っても、iTunesでのダウンロードなので、歌詞や解説など一切読んでないのだが……

とりあえず、単純にビーチボーイズで発売するはずだった『スマイル』はブライアン・ウィルソンのものを聴いたあとでは未完成のように聞こえる。それくらい曲が断片的であり、マテリアルであり、とてもいびつである。「1曲ずつが完結している通常のロックアルバムのつもりでいると面食らう。初心者には曲の切れ目も不明で、全体で1曲をなすような、まるで交響曲」というレビューを見かけたが一語一句完全に同意である。

もっと言えば、混沌として、曲が断片的にしか完成せず、脳みそがクラッシュ寸前だったブライアン・ウィルソンの頭の中をそのまま取り出したようなそんな印象さえ受ける。これをポップミュージックとして聞かせられるように整理整頓したのがブライアン・ウィルソン名義での『スマイル』なのではないだろうか。実際トラブルや制作上の問題があったとは言え、未完成のアルバムであることは否めない。未完成はあくまで未完成であり、それを完成させたのが2004年版の『スマイル』なのである。

じゃあ、未完成だからダメなのかと言われればそんなことはない。ビートルズの『アンソロジー』が魅力的なように、こちらも充分聴き応えのある作品だ。特に“Workshop”から始まる日常の風景を音で再現したのは聴いててかなり心地がよく。ポップミュージックとして昇華した2004年版よりもアルバム一枚で何かを表現したいという欲求を感じる。名曲である“Good Vibrations”もまるで別物であり、“Our Prayer”が朝だとすれば、今回の“Good Vibrations”は夜になったという印象を持った。そう考えると、“Workshop”からの一連の流れは休日の昼間というような感じであり、アルバムのトータル性は2004年版よりも強い。

もしこのアルバムが67年に発売していたとしたら、ザ・フーの『トミー』はまた違った形での評価になったかもしれない。いや、音は難解すぎるし、2004年版で慣れているというのもあるから、あれを当時に発売していたら結果酷評されてしまったかもしれないが……

というわけで、ぼくみたいにどーせブライアン・ウィルソンと一緒なんでしょ?と思って食指が伸びてない人がいるとしたら、買っても損はないアルバムだと言える。ただし、音像自体はとてつもなく難解なので、それこそ『ペット・サウンズ』的なものを期待してると肩すかしを喰らうこと必至だとは言えるが、あういぇ。

スマイル

スマイル

スマイル

スマイル