老舗の味、パリに出店『ミッドナイト・イン・パリ』


昨年のベストだ!という人が多く、あげくウディ・アレンのなかで最も稼いだ作品だったりと何かと好事家のあいだでは話題になった一作。ぼくがよく行くレンタル屋でもつねに「貸出中」のシールが貼られていたが、ようやく観ることができた。

最初に書いてしまうが「彼の過去作品ほどの深さを誇るとはいえないかもしれないが、甘く感傷的な『ミッドナイト・イン・パリ』はウディ・アレンのファンを満足させるのに十分なほど可笑しくて魅力的である」というRotten Tomatoesの総評とまったく同じ感想を持った。ウィキペディアを見ていて驚いたくらいである。

上記のティーザーからも分かるように、ぼくはてっきりパリ大好きな男がパリに行ったら、ゴッホの絵みたいな世界のなかに飛び込んでしまった!というギリアムのような映画を予想していた。同じようなことを思った人も多かっただろう。しかし、それは良い意味で大きく裏切られることになる。

この『ミッドナイト・イン・パリ』はこれ以上ないほどウディ・アレンの商標登録が連発される作品であり、それにパリをくっつけただけの、まぁ言ってしまえばいつもの味。故にこういうのが観たかったんだよという人にとってはたまらない作りになっているのであった。

まず出だしから驚かされる。パリの美しい風景を濃い色調で切り取ったかと思えば、そこにあらわれるのはオーウェン・ウィルソン演じる脚本家のギル。なんと彼がウディ・アレンそのもののキャラクターで登場。知識人ぶったいけすかない男と対決し、はたしてこれでいいのかと恋愛そのものに悩むなど、やってることも『アニー・ホール』と何ひとつ変わっていない!

そもそも脚本家が主人公でクラシカルな美術がでてくるというのは『ブロードウェイと銃弾』を彷彿とさせ(ハリウッドで資金調達が出来ず、ヨーロッパで脚本を書いていたというアレン自身がモデルだという指摘もあり)、自分が夢見た世界に入り込んでしまい、それが現実である(現に主人公を尾行していた探偵も……)というのは『カイロの紫のバラ』で、実在する人物と共演することになるというのは『カメレオンマン』といった具合に、『ミッドナイト・イン・パリ』はベスト・オブ・ウディ・アレンと呼ぶべき、彼のモチーフが頭からしっぽの先までパンパンに詰まった作品なのである。

少しばかり気になったのは、タランティーノにとっての『キル・ビル』感が強く、架空のものとして作り上げた『カイロの紫のバラ』に比べ、外側の知識がないと完璧に楽しめないというところ。ルイス・ブニュエルにむかって「いいアイデアがあるんです。晩餐会を開くんだけど、客がその場所から出られない」と言って「なんで出られないんだ?」って返す場面も人から聞いていたから笑ったけど、知らない人にとってはなんのこっちゃ分からないわけで、その辺がそれこそ劇中の知識人ぶってるキャラクターのイヤミみたいにとられかねないかなというのが唯一の懸念である。実際ぼくもついていけてない個所があった。

だが、これをとっかかりにそういう知識欲を刺激してくるのも事実。これがウディ・アレン史上ベストワンのヒットになったというのには正直驚いたが、逆にいえば、これだけウディ・アレン色が出た作品が世に受け入れられたということでもあり、それは非常に喜ばしいことでもある。彼の作品が好きな方にとっては間違いないわけだが、これがおもしろいと感じた方は過去の名作と呼ばれるものも観ることをおすすめしたい。まさに老舗の味、ついにパリに出店といった具合である。安定感バツグンの秀作。

ミッドナイト・イン・パリ [Blu-ray]

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