アメリカ人が観たらなんというだろう『藁の楯』

藁の楯』鑑賞。

ストーリーのキモというか展開を書きます。ややネタバレです。

孫娘を惨殺された経済界の大物・蜷川が犯人を殺せば10億円を差し上げようと大々的に発表。それによって日本国民全員から狙われることになった容疑者・清丸。仲間に裏切られたことで身の危険を感じ警察に出頭したが、彼を送検するためには潜伏先の福岡から東京まで48時間以内に移送しなければならない。しかし、その間にも殺される可能性は充分にあるため、ふたりのSPが福岡に呼び出される……というのが大まかなあらすじ。

まず、ありそうでなかったコンセプトが良い。さらに人生かけてまで10億円が欲しいという輩がわんさかゾンビのようにわいてくるのがマジで大変素晴らしい。人を殺して10億円もらえても刑務所に入ってしまうじゃないかという疑問も沸くがそれについての言い訳というかルールがあって、観てる人に違和感ないようになっているのも「ああそこまでしてもこういうのがやりたかったんだな」というのが伝わってきて大変大変素晴らしい。しかも懸賞金をかけられる人間のクズ役には藤原竜也である。当然、全身全霊で「うああああああ!!!!」とやかましく叫んでおり、彼のこの演技に魅せられた者としてはこの時点で五億点映画であると言わざるを得ないだろう。

演出としては『遊星からの物体X』じゃないが、アパート、病院の一室、護送車の中、新幹線の一車両、普通車の中と基本的に清丸がピンチになる場面は全部狭い空間で展開される。その空間の狭さも相まって、いちいちキャラクターたちがそのたびに疑心暗鬼になる。かなりスケールがでかいような感じに写ってるが基本的にはバジェットに見合った見せ方であるといえる。

しかし、後半になると。その狭い空間でのアクション以外のスケールがどんどんしょぼくなっていく。これは致命的だろう。最初はパトカー数十台でおとりを使って移送するという大スペクタクルシーンだが、いろいろあって、最終的には徒歩になる。いくらなんでもこれは落差がありすぎるというもんだろう。

それでも『セブン』的なやりとりをする最後らへんまでは好意的に観た。さすが『十三人の刺客』を監督した男・三池崇史だなと感動すら覚えたが、最後の最後にこの評価は一変する

さらにここからオチまで書きます。超絶ネタバレです。

概要を言ってしまうと、この作品はそのタイトルにも引っかけてあるのか、ギリギリ踏みとどまる『わらの犬』であり、最後の一線を越えない『セブン』である。

主人公の大沢たかおは過去に身ごもっていた奥さんを飲酒運転によって殺されており、人一倍清丸のような人間を憎んでいるという設定だが、それをまったく感じさせず、あくまで人を守るという任務に実直であり続ける。

最初4人いた仲間も銃撃戦に巻き込まれて命を落としたり、命令を無視したために違反で逮捕されたり、そもそも裏切り者だったり、あげく理不尽な理由で相棒を殺されたりしてどんどん離脱。追いつめられるだけ追いつめられ、清丸は主人公を挑発するような言動と行動を繰り返し「ここでこいつを殺さなきゃ男じゃねぇだろ!」と観客の期待を煽ったところでそれには応えず、無事に東京まで送り届ける。「あんたは間違ってる!狂ってるよ!」と蜷川を非難していたが「そんなことよりもここまで追いつめられて手を出さないあんたもどうかしてるよ」という問いかけをしているような映画でもあるのだ。もっといえば『わらの犬』というのはホントによくできた映画だったんだなと改めて思い知らされたし、ラストのあれをしなかったら映画としてのカタルシスはなくなるんだなということも証明された。

実際、この作品はアクションシーンが終わったあとに、いちいち登場人物がこいつを殺すべきなのか?それとも命をかけて守るべきなのか?についてひたすら議論し続ける。議論が終わったらまたアクションシーンがやってきて議論。映画はそのリズムで構成されている。しかも登場人物の言ってることすべてが間違っており、すべてが正しいので、そのへんはかなり気を使って書いたのだろう。まぁここまでは観た人によって受け取り方がそれぞれなのでそれについての是非はここでは書かない。

んで、変というか、ありえないのはここから

東京まで清丸を主人公は送り届けると書いたが、実は岸谷五朗演じる裏切り者が「大沢たかおは清丸の人質になっている」とウソをつく。これによって清丸に射殺命令が出たのだが(それで殺しても賞金は出る)、大沢たかおはいろいろあって(映画ではすべてカットされている。マジで)、なんとか東京にたどり着く。到着した場所には数百名はいるであろう警官たちが周りを囲んでいるが、まずここまで大沢たかおはどうやって来たのか?だってあれだけ検問があって、そもそも射殺命令出てるし、しかもタクシーで来てるんだぞ。うーん。謎だ。謎すぎる。上司かなんかが頑張って説明したのかな。うん。それとも金に目がくらまない主人公に敬意を表したのかな。

まぁこれは映画だ。百歩譲ってそこはなかったことにしよう。もっと奇怪なのはここからだ。車から引きずり降ろされた清丸。彼は飲まず食わずで歩き続けたのでその場に倒れ込んでしまう。その隣に立つ大沢たかお。彼の上司が彼にたいしてこういう「君の仕事は清丸をここまで護送することだ。その先は我々の仕事だ」と。

しかし、ここに懸賞金をかけた男・蜷川がやってくる。これまたなんで数百人の警官が止めにはいらないのかが謎なのだが、その男が車で入ってきて、ドアから降りた瞬間に誰かがこういう。

「おい、蜷川を確保しろ!」

は???

だったら車で入ってくる前に止めろよ!

そのことなど気にせず、大沢たかおは確保しようとした刑事たちにこう言う。

「私に説得させてくれませんか?」

は???

この時点で破綻しすぎて空いた口がふさがらない状態なのだが、さらにここからがすごい。

説得しようと蜷川に説教たれる大沢たかお。しかし、彼の努力もむなしく、蜷川は座頭市のような仕込み杖でもって清丸に襲いかかろうとする。

この状況を黙って見守る数百人の刑事たち………急いで確保しろよ!

が、大沢たかおの技でもって、仕込み杖が手から離れる。そして、その仕込み杖を手にする清丸。息も絶え絶えな蜷川に襲いかかろうとするが、大沢たかおは身を呈して蜷川を守り、刺されるのだ。そこて清丸はこう言う。

「す、すげえ……」

確かに大沢たかおはすごい。それは認めよう。でも、その前に射殺命令出てるんでしょ?なんで誰も清丸を撃とうとしないのよ??SWATだったら、速攻で遠くからパーンって撃ち抜いてるよ??

刺されたところを見てから、警察は慌てて動き出す。そしてこんなことを言いだす。

「警察の威信にかけて、この男の命を最優先しろ!救急車だ!」

お前ら何もしてないからこんなことになったんじゃないか!!

そして、この状況を作り出した蜷川は何故かこの段階で殺人教唆罪(人をそそのかして犯罪を実行させること)として逮捕されるのである。

なんで今なんだ!?!?!?最初からいちばん悪いのはこいつだって分かってただろ!!


――――――――実はこの作品。変なところはまだまだたくさんあり、一緒に観に行った後輩とそのことについて一時間以上もマックで喋ってたのだが、それを全部書き出すとキリがないので割愛(主人公以外のキャラクターがブレブレとか、岸谷五朗が裏切り者ならなぜ新幹線の中での取引に応じなかったのとか、その松嶋菜々子も後半妙に良い人になってるとか、マイクロチップが埋め込まれてる傷が残ってたりとか、清丸を狙ったひとたちの動機がなぜか全部ラジオで流れてるとか、そもそもヘリで移送しろとか、これだけでも一部)。

というわけで、これだけ文句をツラツラ書いといてなんだが、それでもこういう映画が日本で観れることには感動したし、応援したいというのが素直な気持ちである。それこそ、県庁でおもてなしがどうしたとかいう映画よりも数百倍マシだと思うので、もし興味があるなら映画館で観ることをまぁおすすめする。強くはおすすめしないが……