アンチ!難病モノ!ファック!説明過多!『風立ちぬ』

ちょっと前にある人からこんなことを聞かれた。

「こないだ『大人は判ってくれない』を観たんですけど、ラストで主人公が海までいって無言で振り返るじゃないですかー?あれって何だったんですか?」

この作品のなかで最も印象的なシーンとして名高いが、このとき主人公は何も言わないし、ナレーションで何かが説明されるわけでもない。彼が何を考えていたのか?彼が何を思っていたのか?それは撮った監督にしかわからない。そして、そのシーンにたいして監督が何も語らない以上、観客はそのシーンについての解釈を迫られる。

これは小津安二郎の映画にも印象的に出てくる。トリュフォーが参考にしたかは定かではないが、日本を代表する……いや、世界を代表する名作『東京物語』のラスト。人生の伴侶を失った笠智衆が無言で窓の外を見つめる。カメラは視線の先の海を写す。そして映画が終わる。同じく小津の代表作『晩春』では無言でリンゴの皮をむき、その背中を写し続ける。成瀬巳喜男もやはり『驟雨』という映画でラストに紙ふうせんを飛ばす。そしてそれについての説明はなく、唐突に映画は終わり不思議な余韻をのこす。

今では考えられないだろうが、昔の日本映画というのは必要以上にモノを語らなかった。主人公たちの心情や悩みにたいする解決、さらに哀しみはすべて映像に置き換えられていた。黒澤明が『その男、凶暴につき』について北野武と対談したときも「わたし、あなたの映画好きでね。あなたの映画はほとんどしゃべらないじゃない。あれがいいよね。最近の映画はしゃべりすぎだよ」と言っていたが、不必要にしゃべらないので上記のような――――若い人からすると奇怪とも捉えられない映像が唐突にでてきたりするのだ。

宮崎駿監督最新作『風立ちぬ』はそういった古き良き日本映画の表現が全編にわたって散りばめられていた。

この作品。徹底して主人公は自分の考えてることをしゃべらない。なので何を考えてるのか分からない。話に盛り上がる部分はなく、エモーショナルなシーンでも泣かせようという演出はない。主人公はあまりにあっけなく物事を達成し、あっけなく終わるので、ポカンとする人も多かったことだろう。

しかし、それでいいのだ。映画とはそういうものだったのである。

宮崎駿はこの作品で日本映画を従来のものに戻そうとしている。本来ならば堀越二郎だけの話で充分なはずなのに、そこに堀辰雄の「風立ちぬ」をぶちこんだのも、昨今の泣かせようとしすぎる難病映画ブームにたいして苦言を呈したいという気持ちの表れではないか?確かにこの作品、モノは語ってないが、その分、映像の密度は濃く、情報量もかなり多い。先日喫煙シーンが問題になったが、例のそのシーンも『浮雲』のように後ろ姿とその絵面だけですべてを表現しており、分かる人には分かる泣かせの演出となっている。

先日放送されたNHKのドキュメンタリーで宮崎駿はこう言っていた。

「女房にも言われましたよ……“戦闘機作った人の映画作るの?トトロみたいなもん作ればいいのに”って。トトロみたいなもん…………トトロがあるからいいじゃんね?」


「俗受けしないことが分かってもやるっていうようなことに傾く年齢なんだよ。老監督ってみんなそうじゃない?」

ぼくの宮崎駿のベスト3は『千と千尋』以降の三本なのだが*1、それは単純に宮崎駿という人が芥川賞を狙いだしたからだ。今まではその作家性とファンタジーの食い合わせが悪く、映画として歪なかたちをしていたが、今作ではそういった「アニメーションは子供に見せるためのもの」という思想をバッサリ切り捨て、完全に自分がやってみたかったことに対しての挑戦が見られる。タイトルに“の”という言葉が入らなくなったのもそういったことの所信表明であるといえる(これまでの宮崎アニメには必ず“の”ということばが入っており、それがひとつの決まり事みたいになってた)。

確かに妹に頼られたり、フェティッシュにメカが表現されたり、人がゴミのように死んだりと宮崎駿お得意のモチーフは散りばめられているが、『ラピュタ』や『トトロ』とはまるで違う、宮崎駿の純文学が『風立ちぬ』である。よく分からなかったという意見も目立つが、最後に鈴木敏夫押井守との対談で語ったことを引用して終わりたいと思う。

「映画ってのは二種類しかなくて、全部を見せてくれる映画と自分で観ながら考えることによってはじめておもしろくなる映画。大雑把にいえばそのふたつしかないんだから。それで分かるところは分かる、しかし分かんない部分はそのまんま残しておいて、自分のなかで反芻すればいいんです。そうすればその映画はもっと豊かなものになるから。ぼくはそう思います。」

風立ちぬ』があなたのなかで豊かなものになることを願って。

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ブクマ数にあらわれてるがたいへん素晴らしい記事です。特にマクガイヤーさんの記事はぼくの言いたいことがほとんど詰め込まれているので是非参考にしてください。

*1:これを人にいうと「えっ!?」って顔される