デリバティブ・ノワールというべき傑作『奪命金』

奪命金』をレンタルDVDで鑑賞。

ノルマ達成のためにハイ・リスクな投資信託商品を売りつける銀行員、兄貴分の保釈金を集めるために株の取引をはじめるチンピラ、勝手にマンションを仮契約してしまった妻を持つ刑事。それぞれのストーリーが交錯するなか、世界金融危機が訪れ、事態は思わぬ方向に……というのがあらすじ。

待ってましたのジョニー・トーの新作だが、だいぶ前に本国では公開され、新潟では上映せずに先月レンタルされた。なんの情報も入れなかったので、勝手にそのタイトルからギャングたちが殺し合いながら金を奪ったり奪われたりという話だと思ってたら、なんと株の取引や銀行に投資する人たちが金融危機に翻弄されるという予想外の展開で驚いた。平々凡々に生きてきた人々が株に手を出して堕ちていくという意味ではデリバティブ(金融取引)・ノワールと呼べるかもしれない。特に保釈金集めに奮闘するラウ・チンワンの話はスピーディーな『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』のようでもあった。

香港映画らしいアナーキーで突拍子もないシーンもあるが、全体的にはシリアスでシャープな作りで、ひらひらと色とりどりのカーテンが舞うなかで銃撃戦が繰り広げられるみたいな清順的様式美は一切ない。ギャング映画から柔道にあけくれる男の話やダイエットに奮闘する男女の話など、かなり幅広いジャンルに手を染め、大傑作から駄作まで気持ちよく撮る監督だが、今回は時間軸のずれない『パルプ・フィクション』のようで、群像劇のように見せながらも群像劇ではなく、オムニバスのようでオムニバスではない一風変わった作り。ジャンルだけでなく、作風も鈴木清順だったり、北野武だったり、黒沢清のようだったり、ゴダールメルヴィル、ペキンパーなどコロコロ変わるが、今回は『野良犬』や『天国と地獄』を思わせるタッチで、短時間でのストーリーに様々な職業のひとたちが右往左往する。世界金融危機からストーリーがガラっと変わるという意味でアルトマンの『ショート・カッツ』のオチを中盤に持ってきたような印象もある。

シリアス路線といえば、前にツイ・ハークリンゴ・ラムと共同で撮った『鐵三角』を彷彿とさせたりもしたが、『スリ』が香港返還以前の香港に想いを馳せた作品だとしたら『奪命金』はまったく逆で現代の香港の情勢や社会を鮮やかに切り取りつつ、娯楽映画として見事に昇華している。製作を担当した『アクシデント/意外』のメイキングにて、ジョニー・トーは「香港映画は何も考えずに観るものと言われてきたが、この映画はその香港映画の進化を感じることができると思う」と語っていたが、それを監督自らの作品で実行したような雰囲気もある。『ドリーム・ホーム』もスプラッターホラーでありながら、その社会情勢をバックに、金融機関で働き、高級のコンドミニアムを購入することを夢とするキャラクターが主人公だった。日本に入ってくる本数は全盛期より少なくなっているが(そもそも中国返還以降映画の作られてる本数が減ってるというのもある)、ぼくの知らないところで香港映画はまた新たなステージに立っているのかもしれない。それを予感させる……いや、決定づけるような傑作であった。