この映画のキリストは誰なのか?『インヒアレント・ヴァイス』
「伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう」というラジオ番組がある。
第一部で伊集院光が映画好きな有名人に映画をおすすめしてもらい、二週間後に第二部としてその映画の感想を語り合うという特殊な番組だ。スポンサーがツタヤなので、足を運んでもらうきっかけのための番組なんだろうが、ゲストが豪華でそれぞれ思い入れたっぷりに好きな映画について語るという部分に特化しており、映画好きにはたまらない番組になっている。
そんな番組でジャズ・ミュージシャンの菊地成孔が『ロング・グッドバイ』を紹介するという回があった。とても丁寧に解説していて、バックグラウンドはおろか、原作も読み込んでる感じで、ちゃんとここまで本質を理解して観てる人がいるんだと関心したのだが、そのとき「あまり映画を観ない人」の立場にいる伊集院光はこんな感想を述べていた。
「これ推理モノとして観てしまったんですよ、それが間違いで、これ変な人がいっぱいいる!っていう映画ですよね!」
これはまったく『ロング・グッドバイ』……というよりもレイモンド・チャンドラーの小説の「ある側面*1」を言い当てているが、実はトマス・ピンチョン原作の『インヒアレント・ヴァイス』もまったくそういう映画であった。
ハッパ吸ってるヒッピーな私立探偵が元カノから愛人を助けてほしいという依頼を受ける。その私立探偵は元カノに未練タラタラであり、複雑な想いを抱きつつ、プロとして仕事をしはじめるのだが……というような話。
ロサンゼルスが舞台で私立探偵が主人公。さらには『ロング・グッドバイ』を下敷きにしているという情報だけで観たのだが、これがチャンドラー小説以上にミステリーなことは何も起きない。人と人が出会っては別れていくを繰り返し、クライマックスでとんでもないことが起こるというような構成。監督はポール・トーマス・アンダーソンだが、ハッキリいえば『ザ・マスター』同様、筋書きはあってないようなものである。しかし、一度確立した撮影方法を捨て、また新たな境地にたどり着いたという感じで、今作では70年代の感じをアメリカン・ニューシネマな雰囲気で切り取る。カメラも映像も演技も不安定で編集はめちゃくちゃ、意図的にフレアも起きている。ジョン・レノンのようなホアキン・フェニックスはもちろん、観た人なら誰もが「パンケーキ!」をマネしたくなるジョシュ・ブローリンの刑事役もかなり印象に残る。
ティーザーが「最後の晩餐」モチーフで、キリストの位置にホアキン・フェニックスがいるのだが、作品内でもこの構図がでてきて、しかも作品内におけるキリストはオーウェン・ウィルソンであり、しかも彼は劇中で「一度死んでいる」ような扱いということから、ホアキンはヤコブであり、ジョシュ・ブローリンはヨハネなのかなとかそんなことを思ったりした(船がどうしたというくだりがでてくるが、ヤコブとヨハネは漁師である)。
とはいえ、かなり原作通りらしいし、トマス・ピンチョン自体がこういうゆるゆるのハードボイルドが好きなのかもしれない。『ラスベガスをやっつけろ』や『ブラウン・バニー』が好きな人におすすめしたい感じだ。
ちなみにぼくはこの映画を二回観たのだが、どうも筋が入ってこないのである。それもこれもふくめて『三つ数えろ』っぽいんだけど。
「インヒアレント・ヴァイス」、「最後の晩餐」をモチーフにしたキャラクタービジュアル&劇中写真公開 : 映画ニュース - 映画.com
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*1:それがすべてではないため