AKBよりもタチが悪い選挙の裏側/黒川博行『喧嘩(すてごろ)』

黒川博行の『喧嘩(すてごろ)』を読んだ。

ハードカバーを新刊で発売日近くに買ったのはチャンドラーの『大いなる眠り』以来のことである。つってもそれ昔の小説じゃん……その前となるとアプトン・シンクレアの『石油』か?それも昔の小説……

直木賞を受賞した『破門』を今年の三月に親父にすすめられて読み、その一冊で黒川博行の世界にハマってしまい、そこからさかのぼって『疫病神』『国境』『暗礁』『螻蛄(けら)』『後妻業』『迅雷』『悪果』を一気に読んだ。ハードカバーの新刊を手に取って買ってしまうという行為がチャンドラーの新訳以外、ぼくの生活のなかにないことなので*1、現時点で一番好きな作家といえるかもしれない。

『喧嘩(すてごろ)』はスカパーでのドラマ化も記憶に新しい『疫病神』シリーズの最新作。シノギでメシを食ってるカタギの二宮と自称イケイケヤクザ桑原のコンビが金と落とし前のために軽妙なやりとりを繰り広げながら社会の暗部に迫っていく物語である。ハードボイルドやノワール松本清張のような社会派ミステリー要素が加わるのが大きな特徴で、徹底した取材でもってノンフィクション顔負けの重厚さを持ちながらポップに仕上がっており、高い可読性もあいまって、この手のジャンルをあまり好まない宮部みゆきも絶賛するほどの作品である。

今作は『FFX-2』みたいなもので、どちらかというと前作にあたる『破門』の直接的な続編という立ち位置。暴排条例によってシノギで稼ぎにくくなった二宮と組を破門され後ろ盾のなくなった桑原のその後の物語が展開され、コミカルかつ丁々発止なやりとりは本作でも冴え渡り、読んでて噴飯すること必至。これまで産業廃棄物処理場の利権問題、北朝鮮問題、東京佐川急便事件、宗教法人とカネ、映画製作詐欺を取り扱ってきたが、今回は選挙戦の暗部に切り込んでいく。

正直、読み終わってすぐの感想はそんなに良いものではなく、わりとあっさりしてるなぁという感じ。人間関係はかなり複雑であるが、アクションは少なめだし、バイオレンスもあまりないし、おもしろいけど、ちょっと物足りないという風にも思ったのだが、そんなモヤモヤしてるなか本人のインタビューをあるサイトで読んで驚いた。

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これ……実話かよ……


前作はエンターテイメントに振り切っていたぶん、社会派の部分が切り捨てられており、そのことで油断していた。先ほども書いた通り、このシリーズは社会派ハードボイルドだったのだ。

それこそ東京佐川急便事件は過去の犯罪だし、産業廃棄物とか北朝鮮とか不謹慎ながら対岸の火事的に見てた部分もあった。小説のなかで「議員はヤクザよりもタチが悪い。議員や議員秘書は人間のクズだ。クズのくせに税金を納めている市民を下に見て、偉そうにものをいう。しかし腹も立たない。クズをのさばらせてるのは票を入れる我々だ」みたいな文章があったが、どこか絵空事というかフィクションのことだと思っていた。違う。これは本当のことだったのだ……

そう思うと、この作品はいままでのシリーズのなかでもいちばんリアルな感触をもっていることがわかる。確かにエンターテインメントではあるが、一番やりすぎてないだけにノンフィクションにも近い。しかもスケールが小さくなったぶん怖い。さらに選挙となると我々にも密接に関わってくる問題である。一票の相場が二万円て……一人一票のはずなのに金にモノをいわせてあれで選挙といえるのかとAKBは叩かれていたが、実際もほとんどそうだった……

そんなわけでこの『喧嘩(すてごろ)』。これから読もうと思ってる人も、読んだ人もそういうことを念頭に置いておくといいかもしれない。まずは『破門』を読まないとはじまらないが、その『破門』も死ぬほどおもしろいのでおすすめ。文庫版がこないだ出たので一緒に買ってしまうのもいいかもしれない。ハードカバーの新刊を買わないぼくが言うのもなんですが。

*1:といいつつ『高い窓』の旧訳は途中で挫折してたので、新訳は新刊では買わず図書館で借りて読んだ