戦場FIST『野火』

『野火』をAmazonプライムにて鑑賞。
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何の情報もなく、Amazonプライムにあったから観たくらいだったのだが(そもそも戦争映画が嫌いというものある)、画面を覆い尽くす監督の執念みたいなものに圧倒された。観たあとに調べたら、製作にまつわる超絶な紆余曲折と母の介護問題、さらに役作りのための減量も含めて、ホントに塚本晋也執念の企画だったことがわかり、ちゃんとそういうものは映像に刻印されるものなんだなと改めて映画のマジックに感動した。執念を越した狂気のようなものまで映画の内容と共に浮かび上がってきた感じだ。

圧倒的な制作費のなさで、主役を自ら演じ、衣装やら小道具などすべて自前で、護送車はダンボール、ヘルメットは発泡スチロール、銃器は木を削って作った。脚本を書いたあと、シーンを解体して、どこにお金をかけるべきなのかを熟考し、ボランティアスタッフの面接では「借りた衣装は1着しかないが、あなたはこれをどうやって増やしますか?」と実践的なお題を与え、それにしっかり答えられた者を採用。伍長役の中村達也も現場でスタッフにアドバイスするなど、世界の塚本と呼ばれる人でさえ、このような製作体制だったことに驚く。中小企業が知恵を絞ってひとつのプロジェクトを遂行させるようなそんな話である。元々完全自主体制で映画を作っていたとはいえ『野火』という題材でこれをやるというのは確かに無謀なことのようにも思えた。

しかし、本編を観ると、超超低予算であることなど微塵も感じさせない。圧倒的な映像体験がそこにある。敗戦濃厚のなか、フィリピンから飢餓状態で敗走するという内容がちょうどサイズ的にあっていたのだと思う。「映像から戦場の匂いも感じられる」という感想があったが、まさにそんな感じ。話も途中からいきなりはじまって、ブツっと終わるので、まさに戦場に投げ込まれたようなそんな感覚が全編に通じてあったし、戦争体験者からの取材もかなり参考にしているのではないかなと思った。

特に驚かされたのは出演者三人の演技だ。映画に出演経験があるとはいえ中村達也はミュージシャンだし、いまや日本映画に欠かせないリリー・フランキー、そして塚本晋也も役者が本業ではない。なのにもかかわらず、あれだけの極限の演技をそれぞれがしてしまうと、役者とはなんだろう?はたまた製作体制もふくめて映画とはなんだろう?と改めて考えさせられる。できあがってしまって、それを観客が観るときは映ってるものがすべてなので、その裏側なんてどうでもいいことなのだろうが、その人間としての一線を越えてくるような内容も含め、なにもかもが他の映画とは一線を画しているため、ちょっと映画ではない何かを観ているような……そういった気分にもさせられた。

『野火』という有名な原作で一度映画化されたものの再映像化ということだが、基本的に「閉塞的な都会で肉体を変貌させた男が狂気に取り憑かれてさまよい歩く」という映画を撮り続けた塚本晋也にとって、その都会がジャングルに、肉体は痩せ細るという変貌になっただけで実のところ『TOKYO FIST』や『バレット・バレイ』とさほど変わらない。なんなら『戦場 FIST』なんていいかたもできるくらいで、塚本晋也ファンにとっては原点回帰でもあり、集大成的な作品にもなっている。すべてを観ているわけではないが、最高傑作といっても差し支えないかもしれない。おすすめだ。

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