『哀しき獣』をレンタルDVDで鑑賞。
朝鮮族と呼ばれる人種が集う中国の自治州でタクシードライバーとして生計をたてている男が主人公。彼の妻は韓国に出稼ぎにいっているのだが、送金も連絡も途絶え、妻を韓国にいかす際にかかった費用の返済に首が回らなくなっていた。返済のために手をだした麻雀も負けっぱなしで、対戦していた相手から朝鮮族と罵られたことから、鬱屈していた怒りが大爆発。その場で大暴れしてしまう。ところが、それを見ていたミョンという男に見初められ、借金帳消しを条件に韓国に住むある男を殺してきてほしいと頼まれる。連絡が途絶えた妻をさがしに、そして人生をやりなおすため、彼は韓国に密入国するのだが……というのがあらすじ。
『チェイサー』で世界中の映画ファンの度肝をぬいた、ナ・ホンジン監督の第二作。
去年『悪魔を見た』という作品をベストに挙げたが、過剰なバイオレンスと荒唐無稽な展開、破綻しかかったプロットをテンションの高さで乗り切るという意味ではかなり似ており、あれを傑作と思ってる人にとってはこの作品も今年のベストだ!という感想を持つのではないかなと思った。
借金返済のために殺人を依頼される男の逃走劇というシンプルなプロットながら、複雑な人間関係によって、シンプルながらもかなりこんがらがっており、説明がほとんどないため、かなり分かりにくいが、ヒッチコック的な巻き込まれ型サスペンスノワールといった具合で、その意味の分からなさもふくめ、はじまったら主人公の境遇と同じ状況に放りこまれ、あとはノンストップ。セリフの少なさもさることながら、アクション!バイオレンス!アクション!アクション!バイオレンス!バイオレンス!のつるべ打ちに息も付かせぬままラストまで突っ走っていく。やはり今年も韓国映画はとにかく熱い!
生まれながらにして、差別されてしまう境遇の男が異国の地で金を稼ごうとやばい仕事に足を突っ込み、修正不可能なくらいの暴力の連鎖に巻き込まれ堕ちていくという意味では馳星周の『漂流街』を彷彿とさせるし、事件そのものよりも、己の意地だけで走り続ける主人公という意味では現代の『ガルシアの首』と言ってもいいんじゃないかと思った。それでいて、映画は真新しいクラシックともいうべきフレッシュさに満ち満ちていて、まだ、この時代にこんな映画が出てくるのか!?という驚きもあった。
アクションの映し方に分かりにくさを感じる人もいるかもしれないが、これはある意味でダークな『ボーン・アイデンティティ』であり、主人公の境遇を含めたノワール感をそのまんまスクリーンに叩きつけたようなパワーを感じる。特に中盤のカーチェイスはその分かりにくさも含め、主人公が体感しているものをそのまんまこちらも体感できるようなひっちゃかめっちゃかさがある。そういえばラストも『ボーン・アイデンティティ』と逆な展開になっていて………とこれ以上はネタバレになるのでやめるが、朝鮮族というつねに鬱屈したなにがしを抱えてる人種を主人公にしたこともこの作品が勝利した要因なのではないだろうか。
役者陣はほぼ完璧。前作『チェイサー』の主演二人を再び起用するも、まったく別人な役柄なので、同じ人が出演してるように見えないのは特筆に値する。プロットは説明不足で分かりにくいが、細部にわたるこまかな演出は目をみはるものがあり、特に食べ物の描写はその生活感とキャラクターの性格がにじみ出ていて、そういう部分を見てるだけでも楽しかった。
というわけで、決して褒められた映画ではないが、その圧倒的なパワーに文字通り圧倒されていただきたい。去年の『悪魔を見た』、今年の『哀しき獣』、そして来年もこういう韓国映画が観れることを祈って。
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