中年の蹉跌『私の男』

『私の男』Amazonプライムにて鑑賞。
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DVDのパッケージかなんかでなんとなくどんな話か分かってしまうが、なぜかAmazonプライムの紹介文にはストーリーが伏せてあり、あの文面を担当してる人はなかなか苦心してるというか、そこまで作品に気をつかってるのがおもしろいと思った。その意味で信用できるかもしれない。

絶対に他人には知られてはならない「ある秘密」を抱えた親子がその秘密を他人に知られたので殺人を犯すという物語なので、松本清張の『砂の器』っぽいが、だからといってミステリーになることはなく、原作は直木賞を受賞したようだが、それとは別の純文学的な香りが漂う。うらぶれた極寒の港町が舞台で、階級的には下の方の人々が住んでいるわりに妙なスケールと重厚感があるのは、美術スタッフと監督の力量がなせる技であろう。そのリアリティと雪原地帯でなにがしが起こるという意味で神代辰己の『青春の蹉跌』がすぐに思い浮かんだが、その他にも今村昌平の『復讐するは我にあり』や長谷川和彦の『青春の殺人者』なんかも同じ系譜に入ると思う。よくよく考えたら『青春の蹉跌』の脚本は長谷川和彦だし、その長谷川和彦は元々今村昌平の助監督だったので、そういうところで作品というのはつながっていくもんだなと思った。だからといって熊切和嘉とは直接関係ないのだけれど。

今作はその雰囲気と共に役者の熱演が光る。しかもほぼほぼ会話がなく、その会話も無言な部分が多めで、間も長く取っている演出のため、それこそ役者の力量が試される部分が多いが全員見事だったと思う。浅野忠信はややミスキャスト感があるものの、90年代のエキセントリックな佇まいは封印し、良い感じで枯れた中年男を演じているし、なんといっても当時19歳だった二階堂ふみが文字通り身体を張ったアクション*1で観る者すべてを圧倒。決して恫喝しないが、それ以上に優しく諭しながら人間を追いつめていく藤竜也や、超絶なインパクトを残すモロ師岡など、久しぶりに役者の演技を中心とした映画を観たという印象が残った。全体的に長回しが多かったのもその印象を援護射撃したのだろう。

惜しむらくは『エンゼル・ハート』を彷彿とさせる血みどろセックスを前半に持ってきておいて、そのインパクトを越えてくるシーンが後半になかったこと。で、そのシーンにおいて二階堂ふみはかなりきわどいところまで演じているんだけど、下着をつけていた時間が長く、どうもそこがノイズになって没入できなかったということ。これは各々のセックス観があるためにどこにリアリティラインを引くかにもよるが、テーマに官能が深く関わってくるだけに、ここがそれこそ映画史に残る!みたいなシーンであったなら『ラストタンゴ・イン・パリ』レヴェルの名作にまでなったと思う。逆にいえば、それ以外が完璧な映画であったという極左でもあるのだが。

とはいえ、それはほんの些細なもので、ほぼほぼ傑作だと言ってもいいかもしれない。2時間越える映画で派手なシーンはひとつもないが退屈しなかった。ぶっちゃけ熊切和嘉監督作品は『アンテナ』以来ノーチェックで、毎回取り上げる題材が地味すぎて惹かれないというのもあってスルーしていたのだが、今作がかなりおもしろかったのでちゃんと観なきゃなと襟を正した次第。タブーを扱いながらも「いつまでも変わらない男と変わっていく女」という普遍的な男女の話に帰結させるあたりもうまいなと思った。すべての大人たちにおすすめしたい。

私の男 [DVD]

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*1:この場合は演技全体を指す