映画で笑わせるとはこういうことだ『鍵泥棒のメソッド』
『鍵泥棒のメソッド』鑑賞。『運命じゃない人』、『アフタースクール』の内田けんじ監督最新作。
売れない役者の桜井は首つり自殺を図るも、そのずぼらな性格から、適当に部屋にあったロープを使ってしまったことで失敗。サイフをひっくりかえし、少ない残金を見つめ途方にくれていたら、中からクシャクシャになった銭湯の無料券が。イヤな汗もかいたことだし、気分転換に銭湯にいくと、そこにみょうに羽振りのいい、ピシッとした男があらわれる。桜井がつかみそこなった石けんで足をすべらし、その男は転倒。あたまを強打して、病院にはこばれてしまった。そのどさくさにまぎれ、桜井は転倒した男のロッカーの鍵と自分のロッカーの鍵を交換し、彼になりすますことになるが、なんと彼はだれも顔を知らない伝説の殺し屋コンドウだった……というのがあらすじ。
冒頭、広末涼子演じる女性編集長が「私、結婚することになりました。まだ相手は決まってません」といった瞬間、観客が一気にドッと沸いた。内田けんじ監督といえば、緻密に計算された脚本とうまいミスリードで観客をダマすエンターテインメントを撮ってきたわけだが、この冒頭からもわかるように今作はコメディ………というか喜劇に挑戦した。しかもわりと直球の。
前作『アフタースクール』では「実はみんなが○○だと思っていたキャラクターは○○だった」というキャラクターの入れかわりや勘違いがキモになっていたが、今作はそのキモだった入れかわりから物語がスタートするので、内田けんじ流のドンデン返しはほぼない。
売れない役者がふとしたきっかけで殺し屋を演じきらなければならないというプロットは、三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』とも似ているが、元々作品の発想は「まるで就活のように婚活をする女性」をえがくことだったらしく、その特異なキャラクターがメインプロットにうまく組みこまれており、そこがメインになるようなシーンもあるので、かなりスッキリしている印象も。
いままでのように時間軸が入り乱れたり、同じシーンをちがう視点で描くということはいっさいしないが、殺し屋を演じなければならなくなってしまったズボラな役者と、役者を生業にしなくてはならなくなった几帳面な記憶喪失の殺し屋の異なる人生がカットバックでそれぞれ描かれ、やはりかなり凝ったつくり。セリフがほとんどないシーンもあれば、わりと長いカットをつかってゆったりセリフのやりとりを撮ったりと、映画監督としても脚本家としても、だいぶ抑えた作品になっている。
しかし、本場アメリカで映画のことを本格的に学んだとはいえ、内田けんじにここまで「映画で笑わせる」技術があったことにおどろいた。たしかにテレビのお笑いメソッドとはだいぶちがうが、この作品はかなり笑えるところが多い。いまの日本で喜劇をつくるというのはこういうことなのだという見本を観ているようであった。実際、ぼくは三谷幸喜や松本人志の映画よりも遥かに笑えた。松本人志や三谷幸喜はカンヌ映画祭に出品したときに「自分が思ってなかったところで観客が笑った」と答えていたが、この作品に関しては監督の狙ったところ以外で笑うということはないだろう。それほどまでに完璧であった。
が、その完璧に笑わせようとする作用が逆に働いてしまったのか、この作品にはリアリティが一切ない。これはデビュー作くらいからあった懸念ではあるのだが、内田けんじはヤクザや殺し屋などの描き方がものすごくヘタクソであり、基本的にまったく怖くない。たしかにこの映画は笑える。それは認めよう。しかし、この映画に怖いと思う部分はひとつもない。怖い部分で怖がらせておいて、そのあとにホッとさせる緩急みたいなのがないのは、実はわりと致命的な欠点なのではないだろうか。監督本人が良い人すぎて、悪い人を描くことができないというのもあるのかもしれないが、その辺の善と悪の描き分けが出来てないのはすこし残念なポイントではあった。しかも、今作は時間軸の入れ替えや同じ場面を視点違いで描くという変化球じゃないだけに、考える「スキ」があり、そういう部分が目立ってしまったというのもあったのだろう。
というわけで、前二作に比べると新鮮さや驚きはないが、今作も安心/安全の内田けんじクオリティでかなり楽しんだ。しかも時間軸をずらさずに、ここまで観客を笑いでコントロール出来るということを証明できたので作品の幅も広がった。いろいろ苦言も呈したが、これからも内田けんじにはおおいに期待したいと思う。
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