夢を売って夢を叶えろ『夢売るふたり』

夢売るふたり』鑑賞。

小料理店を営み、夫婦としても経営者としても料理人としても順風満帆だった貫也と里子。ところが開店5周年を迎えたその日に火事で店が全焼してしまう。一気にどん底に突き落とされたふたりだったが、ふとしたことで貫也が店の常連だった女と一夜だけの関係を結び、新たな店を開業するための資金まで提供してもらう。しかし、それが妻にバレ、こっぴどく叱られるが、弱ってる女につけこめば簡単に落ちるという発想から、資金を稼ぐための方法として結婚詐欺を思いつく……というのがあらすじ。

夫婦の話なのにも関わらず、冒頭でこれから結婚詐欺でダマされるであろう人々がダイジェストで登場し、終わりのほうで彼女たちはどのように変わっていったのか?が描かれる一風変わった作品。故にどのような感想を持つのか十人十色であり、様々な解釈を迫られる。

ストーリーラインはあるものの、意図的にそれをしっかり語ろうとはせず、むしろ、かなり省いて簡略化されたように物語はポンポンあらゆるシーンを飛ばしながら進んでいく。その飛ばされたシーンを脳内で補完しながら観るという高度な鑑賞法を観客に要求するが、それに付いてこれればかなり楽しめること必至。

ハッキリ言ってストーリーにリアリティはないが、シーンのひとつひとつに圧倒的なリアリティがあり、それがストーリーのありえなさを完全に補完している。特に自転車で二人乗りしながら缶ビールを飲み、交番の前にいったらビールを隠して自転車から降り、交番を過ぎたら、また自転車に乗ってビールを飲むというシーンがホントに素晴らしく、映画はこれにつきると言ってもいいほど。『三丁目の夕日』でしこたま酒を飲んだ医者が、乗って来た原付を押して歩いて帰るというシーンがあり、それを観たときに「ああ、テレビも自主規制が叫ばれてる昨今だが、映画もついにここまできてしまったか」と絶望したが、それを一気に吹き飛ばすような名シーンであった。そういった魅力的なシーンが、ストーリーを語るということを優先して山ほど出てくるのがこの作品の特徴である。

そんな繊細な演出に応えるかたちで、役者陣すべてがキャリア最高峰の演技を見せる。ヤクザ役の笑福亭鶴瓶は圧倒的に怖く、愛人に捨てられた鈴木砂羽も妙なエロスを見せ、エキセントリックな芝居で出て来た阿部サダヲも抑えに抑えた演技を披露。特にその中でも狂気に満ちた松たか子が大変素晴らしい。監督自身、ここまで出来る女優さんなのかと驚いていたようだが、今まで女優としてパッとしなかっただけにここで一気にハネるのではないかなと。顔見せゲストも顔見せに終わっておらず、ホントにすべてが良い方向に機能した希有な作品だ。

ぶっちゃけ、いろんなテーマやキャラクターの心情を盛り込みすぎて散漫な印象を与えなくもないが、逆にいえばそれだけ多面体の魅力があるということでもある。もやもやさせてくれるラストもふくめ、安心/安定の西川美和作品としておすすめ。

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