ズブロッカをチョイスする粋な演出『孤狼の血』

孤狼の血』をレンタルDVDにて鑑賞。
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昭和63年の広島を舞台に、ヤクザよりも怖いマル暴刑事と彼の相棒に指名された大卒のルーキーが金融会社社員の失踪事件を追うというのがおおまかなあらすじ。マル暴が「毒を食わらば皿までも!」の精神で一線を越えまくりながらヤクザと綱渡りのような駆け引きを繰り広げ、ズブズブの関係になった結果、事件をキッカケに抗争に巻き込まれていく様を描く。冒頭で早々に被害者が殺され、犯人も登場するので、その刑事たちがどうやって、どんなやり方で犯人に近づいていくのか?が物語の焦点となる。

傷ついて少しばかり退色したようなフィルムの質感、岩に打ちつけられる荒波と三角の東映マーク、そしてフリーズフレームに合わせ、無機質なニュース映画風ナレーションでことのあらましを説明するくだりなど、明らかに70年代東映実録モノを狙った作りで、昨今の「コンプライアンスがどうしたとかいうヌルい映画なんかじゃねぇぞ!このやろー!」と嬉しい所信表明をする。

今作で驚かされたのは、映画ファンであればあるほど中盤とラストで驚くというユニークな展開だ。



ここからある映画のタイトルを出しますが、それを知ってるとネタバレになるので要注意


先ほど書いたように映画は手持ちで揺れない『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』のムードで進んで行き、当然そういった結末に向っていくんだと思うが、中盤、いきなり『その男、凶暴につき』や、その元になった『L.A.大捜査線/狼たちの街』のような展開に様変わりし、ラストも見事にそれをトレースしたような感じになっている。これはある映画のオマージュを大胆にやることによって観客を錯覚させ、中盤にサプライズ的にまったく違うテイストの映画のオマージュをぶちかますことで、映画ファンにだけ二重のドンデン返しになっているという点で、ひとつレイヤーを敷いたことで深みを増しているということ……だと思う。いや、多分間違いない。


ネタバレ終わり


世間的に役所広司は『Shall we ダンス?』や『失楽園』のイメージが強いだろうが、元々この人は『シャブ極道』や『KAMIKAZE TAXI』で出てきた人なので、この手の役どころは得意分野であり、『渇き。』同様、騒ぎ立てながら違法捜査に手を染めていく刑事をいきいきと好演。その反面、重要な役どころである竹野内豊は『仁義なき戦い 広島死闘篇』のコスプレでスベリ倒していたし、江口洋介も残念ながら「ヤクザ風の上っ面な演技しかできてない元・トレンディ俳優」をそのまんま体現しててミスキャストの印象が残った。しかし、完全にイケメン枠として起用されたであろう松坂桃李がそれまでの安っぽいイメージを払拭するかのような熱演で、その先輩方を完全に食ってしまうという良いアクシデントもあって、役者の演技だけでも非常に楽しめた。

監督は一度『日本でいちばん悪い奴ら』でマル暴刑事が大暴れする作品を撮っている白石和彌。しかし同じような題材ながらそのタッチは著しく違い、さらにブラッシュアップされ、全体的にはシリアスかつエモーショナルであり、これみよがしな泣かせるシーンなんかも差し込まれる。ややエロは減少されたものの、バイオレンス関係の描写は抜かりなく、思わず目を背けたくなるような場面も散見される。『凶悪』と『日本でいちばん悪い奴ら』も充分すぎるほどの傑作であったが、今作を観るとその二作がホップ、ステップであったことが分かり、まるで強大な生命力を持った昇り龍のような映画に仕上がったことは言うまでもない。自信をもってオールドファンにもおすすめしたい一本だ。

……あと、余談というか、細かいことになるが、役所広司が酒を無理矢理飲まされるシーンがあり、その酒がズブロッカというポーランド製のウォッカだった*1。原料にバイソングラスを使ってるからなのか、バイソンがラベルのモチーフにされているのだが、久本雅美いわく「暴れ牛すら押さえつけるほどの強力なお酒」という意味もあるらしく*2。恐らくこの映画でもその文脈で使われてるんだと思う。元々の意味が違ったとしてもなかなか粋なチョイスだし、リアリティが増すのだが、これ原作にあったのか、脚本家が銘柄指定したのか、それとも監督の指示なのか、もしくは美術に酒好きの人がいて、それで勝手に作ったのか、ズブロッカを愛飲している立場としてそれがすごく気になったので、誰か聞いてほしい。だって、酒を飲ませるのであればウイスキーとかでもいいわけだし。

さらに余談だが、ズブロッカは冷凍庫に入れて氷点下まで冷やし、それをショットグラスで一気に流しこむというのがおすすめの飲み方。口のなかで暖まったことでパイソングラスの香りが鼻から抜けてとても豊かな余韻を残してくれる。パイソングラスというのはあまり馴染みがないが、桜餅食べたときのあの香りに近い。映画と共におすすめ。

孤狼の血 [Blu-ray]

孤狼の血 [Blu-ray]

*1:綴りが違ったので恐らく美術班が完全に似せて作っている

*2:といいつつソースはない、確か『メレンゲの気持ち』で言ってた