前回、黒川博行の直木賞受賞作『破門』と『国境』について書いたのだが、その二作から黒川博行という作家にドップリハマってしまい、その二冊を含むシリーズの『疫病神』、『暗礁』、『螻蛄(けら)』を全部読んだ。
これが信じられないほどおもしろく、今までの読書体験のなかでもトップクラスだったのだが(このシリーズについてはまた別エントリで)、はたしてこの他の作品はどうなんだろうと今映画化されて話題になっている『後妻業』の文庫版を読んだ。
発売された直後に関西連続不審死事件というまったく同じような事件が発覚したことで話題になったが、そのタイトルから、事件と同じように資産家のジジイをだまくらかして公正証書遺言を作成させ、殺して遺産をその子供たちから奪い取る“後妻業”についての話かと思いきや、興信所の探偵(元マル暴担当の悪徳刑事)にジワジワと追いつめられていく犯人を描いたド直球のノワールであり、良い意味でやられた。
エルモア・レナードに影響を受けているだけあり、ひとつのシーンをひとりのキャラクターの視点で描いていくという手法で、前半は犯人と被害者家族の視点で後妻業の手口を丹念に描いたクライムノヴェルであり、中盤は探偵(元・マル暴担当の悪徳刑事)の視点でコツコツといろんな場所へと足へ運び、細かく細かく事件を追う、松本清張ばりの社会派ミステリーであり、後半は犯人の視点から、その探偵にジワジワと追いつめられ、破滅に向っていくノワールと、ジャンルがコロコロ変わっていく。
特に探偵のキャラクターがほぼほぼ無感情で淡々と犯人を追いつめていくのでハードボイルドの要素も多分にあるが、その人間とは思えないやり方で人を殺していく後妻業の天才・小夜子はそれこそ『鬼畜』のようでもある。そしてその探偵が依頼人の依頼を無視して、暴走することから破滅に向っていくというのは小説ではなくコーエン兄弟の『ブラッド・シンプル』のようでもあり、それこそ『疫病神』シリーズよろしく、いろんな要素の良い部分だけをぶっこ抜いて再構成したサンプリング小説といってもいいかもしれない。
もちろん黒川博行が得意とする関西弁の小気味良さと『疫病神』シリーズを読んだ者なら思わずニヤリとしてしまう小ネタ(ヤクザの息子や“ショーファー”といった単語など)もあり、あとがきに書いたあった通り集大成的な作品といえるのかもしれない。
“後妻業”についての話を期待すると肩すかし喰らう可能性もあるが、それを遥かに凌駕するおもしろさ。480ページもあるように思えないスピード感と圧倒的なリアリティに手に汗握った。ノワール好きなら必読といえるだろう。超大傑作。
- 作者: 黒川博行
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/06/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (12件) を見る