そして歴史は繰り返される/ジェイムズ・エルロイ『背信の都』

ジェイムズ・エルロイの『背信の都』が県立図書館にあったので、借りてきて読んだ。ありがとう図書館。

10連勤などもあり、読み終わるのに二週間かかったが、もっとじっくり読むことも出来たので、ヘタしたら一ヶ月以上はかかっていたかもしれない。戦争を知らない子供たちなので、上巻は「第五列」や「灯火管制」、「リトル・トーキョー」の歴史などを調べながら読み(つってもウィキペディアだけど)、10日もかかった。逆に下巻は事件の解決部分だけだったので4日でなんとか読んだが、再読するときは下巻の後半部分を重点的に時間をかけて読もうと思った。文庫版出たら買う……かもしれない。多分。

41年12月6日LA。日系人一家四人が「ハラキリ」で死んでいるのが見つかり、心中かと思われたが優秀な日系二世の鑑識官、ヒデオ・アシダの懸命な捜査により殺人と断定。ところがその翌日に真珠湾攻撃が起きてしまう……というのが主なあらすじ。

ジェイムズ・エルロイといえば映画化された『L.A.コンフィデンシャル』や『ブラック・ダリア』が有名だが、その原作にあたる「L.A.四部作」といわれてるシリーズのプリクエルという位置づけが本作である。なので、その四部作に出てくるキャラクターたちが若返って総出演。エルロイ作品における「アベンジャーズ」感もあり、そのなかで主人公に抜擢されたのが、先ほどあらすじで紹介した日系二世のヒデオ・アシダ。中国人(チンク)に間違えられるのを嫌い、自らを「アメリカ人だ!」と主張するも、性格や所作などは完全に日本人の「それ」として描かれてる。馳星周はちょっとおかしい日本人の描き方だと書いていたが、ぼくは逆に好感を持った。彼のエピソード/視点だけで描いてほしかったくらいである。

エルロイの持ち味である「/」や「—」、「=」を使った「クランチ文体」と呼ばれる文章や、頭韻を合わせるといった荒技は封印し、センテンスもやや長めで、どちらかというと『ブラック・ダリア』以前の感じに戻っていて、ある意味での原点回帰だといえるだろう。

さて、この作品。読書メーターで「それにしても何故今、1941年の物語を書いたのでしょうか?」という感想を見かけたが、これは41年のLAを舞台にした今も変わらぬアメリカの姿である。それを自身のライフワーク……代表作に重ね合わせたのだと思っている。

『獣どもの街』に収録された「ジャングルタウンのジハード」とあらすじは一緒で、基本的には9.11のテロと変わらず「有色人種にやられたのでやりかえせ!」という機運の高まるアメリカの姿が描かれる。見下していたであろう国から不意打ちとはいえ攻撃されたことが、相当に屈辱だったことは想像に難くなく、結局勝敗がほぼほぼついていたにもかかわらず日本には原爆が落されたが、その何十年後、本土を攻撃された仕返しと言わんばかりに、なぜか大量破壊兵器がなかったイラクが攻め込まれた(これは本作で描かれているジャップもチンクも同じであるという価値観にも似ている)。そしてメキシコ国境での不法移民問題やトランプ出馬で噴出した差別が現在で起きているが、それらを内包/予言したような作品になっている。

ついこないだもオスプレイが墜落し、沖縄が抗議したが、「街に落ちずに海に落ちたんだからグダグダいうな」という態度で、基本的にアメリカは他の国の人種をどこか見下し差別している節があるように思える。それは日本でヘイトスピーチがおきてるのと変わらないと思うのだけれど、エルロイはそういう歴史を改めてちゃんとやりたかったのではないかと。もちろんあらわれる真犯人によってそれらはひっくり返されるというか、強烈な皮肉として描かれていくんだけど……それは読んでからのお楽しみ。というか、悪いヤツはいいこともするし、良いヤツも悪事に手を染めるという、いつもとかわらないエルロイの世界観がそこにある。

人物多くて全員把握できてないし、細かい部分はわからないし、歴史もなんとなくしか知らないし、もっといえばエルロイマニアは日本にもたくさんいるので、あまり詳しい解説はできない……というか的外れだと思うが、単純に巨匠20年振りの警察小説は現代の歴史の教科書レベルともいえる重厚な一作となった。

もちろんそれは背景にすぎず、エルロイ御大ならではの「オレが大好きな40年代LA」の描写も冴え渡っており、腐敗した警察もちゃんと隅々まで出てきて、様々な読み解きができる。好き者にはおすすめしたい。

背信の都 上

背信の都 上

背信の都 下

背信の都 下