宮部みゆきが誉めた“理由”/朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』、『何者』

これから映画が公開される……からというわけでもないが、朝井リョウ直木賞受賞作『何者』とデビュー作にあたる『桐島、部活やめるってよ』を読んだ。後者は映画版も鑑賞。

ハッキリいうとみんなが大絶賛した映画版『桐島〜』はそこまでハマらず、普通におもしろかったという感じだったのだが、原作も読んだ直後は同じようなテンションで、なんでこれがここまでヒットしたのだろう、若い世代にウケたのかなーくらいにしか思ってなかった。

原作は小説すばる新人賞を受賞し、それでもって朝井リョウはデビューしたわけだが、驚いたのは選考委員である宮部みゆきがこれを「傑作」と評したことだった。なんといっても同じく選考委員を務めている直木賞にて、黒川博行氏の『破門』を「こういう小説はあまり好みではない」と前置きしたくらいの人である。こういった瑞々しいティーン向けの青春小説も同じように好きではないはずなのだ(石田衣良も誉めていたが、それはすごく理解できる)。

しかし、よくよく考えてみれば、この『桐島〜』はプロットだけ抜き出すと「重要な人物がある日突然消えて、そのことについて外部の人間が証言するように語る」という構造で、宮部みゆきの代表作『理由』に似ており、桐島は消えたは消えたが、そのこと自体に関してそこまで気にしてないという風に変化しただけで、基本的には同じ。そこに各々、自分が他人にどう思われているのか気にしているということをメインに書いていくあたり、太宰治風な純文学でもあり、それらを知らずに手に取った若者がバイブルとしているのも納得で、宮部みゆきが誉めるのも分かる気がするのだ。故に今読んでから少し時間が立ち、そういうことを考えたうえで、この原作は多いに気に入っている。

この『桐島〜』のミステリー要素を大きくし、純文学の精度を高めたのが『何者』なのではないかと思っている。

『何者』は就職活動にいそしむ5人の大学生グループのなかのひとりの視点で語られるという物語だ。

ハッキリ言ってしまえば、この『何者』も『桐島〜』同様、特に何かが起きるとかそういうものではない。淡々と就職活動の様子がディテール細かく、瑞々しい文体で語られていく。

しかし、その裏では自分だけの手札を持ち、ある程度本音を隠し、自分ひとりで内定を取ってしまって、みんなを出し抜きたい……など思っているのかもしれない。そういう風に話が読者も思ってないところで転がっている……そういう悪意が核になって表れてくる。実際、この一文もぼくが読んで勝手に想像したことで、作者自身は「そんなことはないです」というかもしれない。それこそひとりの視点でしか描かないために、誰がどう思っているのか?はすべて把握できず、解釈するしかないのである。

ぼくがこの作品から汲み取ったのは「内定を取った人間は偉人であるかのように扱われるが、内定をひとつも取れない人間は人間失格のように蔑まれる」という部分で、まさに現代版『人間失格』だなと素直に思った。

後半まではストレートな純文学として描かれていくが、あるトリックというか、語られなかった真実が最後の最後にやってきて、ミステリーの要素が含まれてくる。そのために直木賞を受賞したのだろうが、その最後の最後以外に書かれていない部分で別な余韻を読者に持たせてくれるという意味では『桐島〜』がとてつもなくパワーアップした作品と言い切ってもいいだろう。

というわけで、あんまり語るとネタバレになってしまうが、朝井リョウの代表作は二作とも楽しめた。特に『何者』はストレートに傑作といっていいだろう。絶賛文庫版が本屋に平積みになって置いてあるので手に取ってみることをおすすめしたい。

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)