直木賞を受賞した作品としなかった作品/黒川博行『破門』と『国境』

黒川博行の『破門』と『国境』をそれぞれ読んだ。

元々読書量が多くなく、不勉強ながら黒川博行という作家のこともなにひとつ知らなかったが、唯一読書とウォーキングが趣味の親父が「ここ最近読んだ本のなかでダントツにおもしろかった。読んだ方がいい」とおすすめしてきたので、ならばと読んだのが直木賞を受賞した『破門』だった。

親父は浅田次郎横山秀夫など、ぼくが決して手に取ることのない本を読むような人なので、それらをあまりおすすめしてきたりはしなかったのだが、珍しくわざわざすすめてくるだけあって、なるほど。無類のおもしろさだった。

短めのセンテンスで紡ぎ、泥臭い関西弁によるやりとりが心地良く、まるで漫才を聞いているかのようなリアリティとユーモアがあり、ノワールのわりにポップでドライブ感があり、非常に読みやすかったし、日本という土壌でエンターテインメントするには丁度良い題材とアクションで、これが映像化されたのも納得。ジェイムズ・エルロイにも似た文体でエルモア・レナードのような軽快さがあるなと素直に思ったが、若いときにそればっかり読んでたと作者がインタビューに答えていてすごく合点がいった。

何の情報もなく『破門』を読んだのだが、元々これは『疫病神』という作品のシリーズ最新作であることが分かり、そのなかに出てくる「北朝鮮に行って死にかけた」というエピソードが気になり、その話が読みたいと『国境』もすぐに購入して読んだ。いや、正確には月日はわりと経っていたのだけれど、頭のかたすみにずっとあって、あるときにふと「あ、あれ読みたかったんだ」と思い出して読んだのだが、こちらも信じられないくらいおもしろかった。

ハッキリ言ってやってることは『破門』と変わらないのだが、なんせ舞台は北朝鮮である。外に出るだけでガイドが付き、夜道を歩けば警官に取り押さえられるという状況。こんななか、自分たちをダマした詐欺師をヤクザとカタギのコンビが追うというストーリーで否が応でもワクワクする仕掛け。北朝鮮という国を徹底的に調べあげたジャーナリズムとエンターテインメントが合致。そこに映像化不可能なほどのスケールのデカさと男泣きの友情、さらには激しいバイオレンスと、とにかくおもしろい要素しかない小説だなと思った。読書量が多くないなかでもこれは今まで読んだなかでも上位に入ると言ってもいいだろう。

『国境』は直木賞候補になったのだけれど、惜しくも落選したらしく(落ちたことを知った作者は二週間ほど悔しさを引きずっていたらしい)、今回の『破門』による受賞は念願だったといえる。だが、ふたつを読み比べると、間違いなく直木賞を取るのは『破門』になるだろうと思った。

確かに『国境』は信じられないほどおもしろい奇跡の小説といってもいいだろうが、よくできているのはどちらか?と聞かれると『破門』と答えるかもしれない。帯には「疫病神シリーズ最高到達点」と書いてあるが(だいたい本の帯は売るために大げさなことが書いてある)、あながちそれも間違いじゃないというか。納得できるくらいだった。

スピッツが売れるために『クリスピー』というアルバムを出したら思ったほど売れず、落胆し、そこから肩の力を抜いて『空の飛び方』を作ったら名盤になったというのは有名なエピソードであるが、それに近いものを感じるというか、必ずしも作者による自信作が読者や直木賞の選考委員の人にウケるとは限らないんだなということである。

ちなみにこの二冊があまりにもおもしろかったので、同じシリーズの『螻蛄(けら)』を読んでいるのだが、こちらも相当おもしろい……というか、主人公ふたりのやりとりが確実にパワーアップしているのがわかる出来。『破門』は来年映画化されるようだが、予習のために読んでみるのもいいかもしれない。おすすめだ。

破門 (単行本)

破門 (単行本)