スマホ/SNS時代に銀行強盗をするということ/伊坂幸太郎『陽気なギャングは三つ数えろ』

伊坂幸太郎『陽気なギャングは三つ数えろ』読了。

伊坂幸太郎東野圭吾松岡圭祐、古くは村上龍に並んで“いけすかない*1”作家のひとりなのだが*2、この『陽気なギャング』シリーズはかなり好きな本で、一作目は三回再読してる程度にはお気に入りである。知らない間に最新作が9年振りに刊行されことを知り、発売されてから一年後に買うという体たらく(それまでずーっと本から離れていたというのもあるが)。

一作目にあたる『陽気なギャングは地球を回す』は結構衝撃的だった。

当時、和製ガイ・リッチーを自ら名乗り、それを帯に書いて発売した戸梶圭太の『なぎら☆ツイスター』がわりと似ている部類に入る小説だと思うが、どっちかというと和製ガイ・リッチーは『陽気なギャング〜』シリーズで戸梶圭太は和製タランティーノだと思った。それくらい伊坂幸太郎はチャラついていておしゃれな感じがあり、戸梶圭太は下品で野蛮である。

ただ、好きな本ではあるけれど、欠点もあると思っていて、一番の問題点は主人公たちのキャラクター造型をないがしろにしてる部分である。

銀行強盗を副業としているという設定で、各々、嘘を見抜く名人、スリの達人、演説の達人、完璧な体内時計を持つ女など、特技があるのだが、その特技だけしか描かれず、彼らが一体どんな生活をし、どんな風体をしているのかが一切描かれてないため、話としてはスピーディーでおもしろいし、彼らの会話もおもしろいんだけど、キャラクターとして魅力的かどうかと言われると疑問が残るという小説であった。『スラムダンク』はマンガだから絵として書かれてるからいいものの、もしあれがノベライズされたら、風体が書かれなければ誰が誰だかわからなくなるというのと一緒だと思う。とはいえ、これに気づいたのは三回目の再読で、それまではすっげーおもしれえと思って読んだのだけれど。

二作目にあたる『陽気なギャングの日常と襲撃』は誰かに指摘されたのかそういう評価が多かったのかわからないが、キャラクターたちが普段どういう仕事をし、どういう生活をし、どういう風体をしているのかにスポットがあたる。

普通続編を書くとなると、キャラクターの説明が終わってるため、いきなり本題にいって、一気にエンターテインメントとして爆発するというものが多いが、このシリーズにおいては「普通一作目でやらなければならないことを二作目でやり、それを伏線として中盤から本題に入るという」ユニークな作りになっている。故に二作目は一作目よりもスピード感が足りないかもしれない。ただ、物語の作りとしては圧倒的に二作目の方が上だと思う。今回また再読してそれを強く思った。

さて9年振りに放たれたシリーズ最新作『陽気なギャングは三つ数えろ』だが、いよいよキャラクターの説明も終わり、どういう方法で謎を解いていくか?がわかってるわけで、本来の意味の続編という感じでこれがまぁすこぶるおもしろい。バランスがよく、後半のハチャメチャぶりも含めて傑作といっていいかもしれない。

まず9年振りに作られたということもあり、時間経過がしっかりしていて、いきなりスマホSNSが日常の一部と化し、防犯カメラがここまで進化していたら銀行強盗なんか無理じゃね?というミドルエイジクライシスからスタートする。

その強盗した際に左手をケガした男がいて、そのケガから銀行強盗であることが、ある記者にバレてしまうというところから本筋にいくわけだが、もはや強盗はあまり関係なく(それは二作目もそうだったが)、キャラクターたちのやりとりと固有名詞をあまり使わない会話の妙で魅せていく。中盤はアガサ・クリスティーばりの超ドンデン返しがあり、それはホントのホントに序曲にすぎず、そこからさらに伏線が張られまくり、後半で全部回収していくというお得意の作り。

あいかわらず成瀬は天才肌でなんでもかんでもうまくいくし、すべての道具を用意してしまう田中も作家の都合でしかないし、どこからともなくギャングの親玉があらわれるとか、そこはどうなのと思う部分もあるが、それを補ってあまりある話の軽快さが良い。

何十回と殺しても殺しきれないくらい憎い悪人を描かせたら天下一品だし、あるアイドルを助けたことが物語の推進力になっているなど、基本的には『ゴールデンスランバー』にも通ずるところもあり、伊坂幸太郎の集大成といったことなのだろう(ツイッターで指摘されたのだが、最近の作品は作風が変わってきていたらしい)。ファンはもちろんぼくのように『陽気なギャング』シリーズは楽しく読んだという方はおすすめ。そもそもノン・ノベルで文庫並みに安いし、というかそろそろ文庫出るだろうし。

*1:作品はおもしろいものもあるが、基本的には絶対に友達になれないタイプ

*2:といいつつ、数本の映画化されたものと『ゴールデンスランバー』しか読んでいない