新たな筆致とその波『アウトバーン』 『アウトクラッシュ』

深町秋生の『アウトバーン』と、その続編である『アウトクラッシュ』を読んだ。

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子 (幻冬舎文庫)

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子 (幻冬舎文庫)

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子? (幻冬舎文庫)

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子? (幻冬舎文庫)

石田衣良いわく、作家には二回うまくなる時期があるという。その波が一度くれば「良い作家」で、もう一度くれば「すごく良い作家」なんだとか。ただ、二回くる人というのはあまりいなくて、じぶんは二回来る人になれるように、苦しくても今書き続けているのだと、その昔、トップランナーで語っていた*1

デビュー作とは思えない筆力を持った『果てしなき渇き』は、溢れんばかりの狂気と噴出寸前の鬱屈した怒り、そしてそれが爆発した時の暴力をギュウギュウに押しこみ、それを短めのセンテンスでスピーディーにぶった切るという荒技で読むものを圧倒させた。ぼくはいまだにこの作品こそがベスト・オブ・深町秋生であるが*2、それと同時に、これほどまでの狂気を持った作品世界をずっとつづけられるのか?という危惧もあった。

ところが作品がすすむにつれ、彼の小説世界は少しずつシフトしはじめた。もちろん爆発すんぜんの狂気や暴力、閉塞感などもあるが、それがどんどん娯楽寄りになっていった。映画からの影響も見え隠れし、映像的に物語を綴っていく作家として、階段を一歩ずつ着実に進み、そして『ダブル』でそれが大化けした。いや、もっといえば、新たな筆致を見つけたというほうが正しいかもしれない。

この『ダブル』はそれまでの深町作品とはあきらかにちがう手触りをもっていた。ひらたくいえば、万人うけするような、ド級のエンターテインメントとしての成立が群を抜いていた、そして、そこにじぶんの描きたいものを少しずつ滑りこませてるような印象をもった。

結果『ダブル』はその年の「このミステリーがすごい!」にランクインし、注目を集めることになる。

もし深町秋生が『ダブル』でじぶんなりの新たな方程式を見つけたのならば、『アウトバーン』はまさにその方程式に法った快作だったと言える。筆致でいえば『ダブル』と同一線上にあると言っていいだろう。簡潔な説明で削るべくところは削り、圧倒的なスピードで物語を推進させるのはもちろんのこと、出てくるガジェットは深町秋生作品には欠かせないものばかり。恐らく今までで一番の大衆向けに仕上がったのではないかと思う。

アウトバーン』は組長の娘と人身売買に巻き込まれた中国人女性の二つの殺人事件の話。両方とも手口が似ていることから、同一犯による犯行として、捜査本部を設置。その道に精通している主人公八神瑛子は悪徳刑事として、ヤクザと癒着しており、その組長の娘を殺した犯人を、警察よりも先に見つけ出してくれと依頼を受ける。そもそも人身売買のブローカーの行方を追っていた八神は、その二つの事件を調べていくうちにとんでもない真実へとたどり着く……

アウトバーン』はまだ地に足のついた物語というか、警察小説として、リアルとフィクションの間をうまく狙ったと思うが、続く『アウトクラッシュ』がすごかった。

ハッキリいって『アウトクラッシュ』は傑作だ。圧倒的なスケール感は前作を優に超え、とある事柄を別な視点から見ることでミステリーに変える手腕もさることながら、大小さまざまなキャラクターが緩急を担い、バイオレンスや狂気、アクションは前作よりもド派手に多めになっていて、第二作でここまでやってしまうと次はどうなるの?というくらいの大盤振る舞い。サービス精神だけでいえば、深町秋生の中でもダントツだろう。個人的にはそれまでの深町作品に出てくるような元・汚職刑事の西というキャラが大変気に入った。戸梶圭太の作品にも出てきそうな感じだ。

というわけで、最初から完成されていたとはいえ、一度小説家としての新たな波が来た深町秋生をもう誰も止められない。ベストセラーも納得の新シリーズに今後も注目し、期待したいと思う。

ちなみにそれまでの寡作っぷりがウソのように新作『ダウン・バイ・ロー』を先日発表。こちらは『果てしなき渇き』のような精神状態を持った作品なんだとか、楽しみ。

ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)

ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)

関連サイト

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子 | 破壊屋

幻冬舎plus|自分サイズが見つかる進化系ライフマガジン

*1:細かいニュアンスは違うかもしれないが

*2:最高傑作とは別にして