亀は意外と早く泳ぐ

亀は意外と速く泳ぐ』というタイトルからして人をくったような作品だが、その中にある「平凡こそ人生の王道」というメッセージは誰しもが共感しえるもの。平凡という日常の中に実は非日常が潜んでいるという展開は映画的というよりもマンガっぽいが、原作は同名の演劇らしい。それを感じさせず映画だからこそ表現出来た映像世界も楽しめる。監督の不条理世界に入り込めれば、全編爆笑必至の大傑作である。

主人公片倉スズメは主婦で、海外に出張中の夫が飼っていた亀にエサをやり続ける日常を送っていた。平凡すぎる日々、だが彼女はある日“スパイ募集”の小さい張り紙を見つけ、スパイになる。スパイとは目立たない様に過ごさなければならないという事から、主人公は今までの平凡な生活を“スパイ活動”として楽しみだし、生き甲斐を感じるようになる。だが、平凡に過ごしてきたはずの彼女の生活だったが、平凡を意識する事により次第に変化が訪れていく…

パラパラマンガを使い、主演の2人と監督しか名前を出さない潔いオープニングからエンジン全開。あの『浮雲』を大胆にリメイクした演出家の岩松了にスパイを演じさせるなどの小技も効いており、上野樹里のナレーションを軸にストーリー展開していくのも素晴らしい。個人的にはシュールな笑いが散りばめられてるから、美術などは徹底的に日常の風景にしてほしかったが、映画でやるからには監督の考えとして、映像も遊んでしまえというのがあったのだろう。

この作品はとにかく笑える。ハッキリ言ってどのコントよりも笑える。シュールな不条理世界という部分においては『ポストマンブルース』や『鮫肌男と桃尻女』という作品があるが、この2つを越える爆笑度だった。私は未だかつて映画でこんなに笑った事はないだろう。90分という長さも完璧。TVで90分のコントを見せられると辛いが、映画とコントの中間を行くようなこの作品は、物語も楽しめ、映像とセリフで笑わせ、さらに後半で人生や平凡についての思想なども盛り込まれている。娯楽度としては薄いが、“笑える”映画としての完成度は比類ない。脚本の時点でかなり練り込まれていたのだろうが、細かな伏線や出て来るキャラクターの裏設定などが実に細かく。それがラストに向かって急加速していくカタルシスは映画でしか体験出来ないものだろう。

平凡な主婦を演じた上野樹里だが、彼女は完璧なハマり役。この不条理世界において彼女の役割は普通の人だが、残念なのは上野樹里もじゃっかんボケ寄りだという事だ。これが完全なツッコミだったら、笑いにメリハリがついたのだろうが、上野樹里までボケだしているので、ちょっと笑いに1本筋がなかったのが唯一の不満点だと言える。

ふせえり岩松了の夫婦。主人公と対極の存在である蒼井優要潤松重豊岡本信人嶋田久作などキャスティングも決まりに決まっており、役者のアンサンブルという点でもかなり楽しめる事請け合いだ。

大ヒットはしてないだろうが、この作品はとてつもなくおもしろい。2000年度を代表する邦画であり、新世代のユニークな映像作品として語り継がれていくべき。好き嫌いにも別れるだろうが、間違いなく傑作。映画好き、お笑い好きならば絶対必見!