スカイ・クロラ The Sky Crawlers


12時45分より押井守監督最新作『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』鑑賞。

傑作とまでは言わないが、押井守の持ち味と新境地が良いバランスで混ざり合った作品で、押井守が繰り返し描いてきた、人間、生き方、他者とどう付き合って行くか?自分の存在は何なのか?というテーマが1番分かりやすい形で提示され、これまでの押井作品の中でもダントツに分かりやすいものになった。

まず、彼の映画にしてはめずらしく3Dによるトラックバックが3カットしかなかった(内、1カットは長回し)なので、1枚の絵の中でキャラクターが心情を話すというシーンが続く。これは『パトレイバー2』にもあったのだが、軍事的な事をベラベラ話すわけでもなく、何かの引用だったり、難解な長台詞は1つもないので、自分自身の言葉をため息のように吐き出していく。

あいかわらず質感はメカの方に全集中していて、キャラクターの動きや表情はまるでロボット。だが、これは生物学的な人間とは別に言葉でのみ形成される人間を表現する方法で、押井監督自身もインタビューで「こっから(首から)下は興味ないんですよ」と言っている。つまり、身体の事はどうでもいいと、言葉と記憶によって人間というのは形成されているんだと。

スカイ・クロラ』の1つの側面は何もかも満たされてる世の中で、最近の若者は自分が人間として生きてるという実感がないんじゃないかと。言う事だ。感覚だけは広がっているけども、自分に手があって、足がある事のありがたさを知らない。だから『攻殻機動隊』や『イノセンス』には脳味噌以外は全部機械の人間が記憶と言葉だけで存在していて、命がイキイキとしてるのは犬だけだったりもする。『アヴァロン』に至っては現実世界よりもバーチャルの世界の方が生きてる実感を感じる。『スカイ・クロラ』もそういったテーマを反芻していく。

スカイ・クロラ』に出て来る登場人物は笑いもせず、飯も栄養素のみ受け付け、淡々とセックスをし、ダラダラとタバコを吸い、おいしさを求めるわけでもなく、なんとなくビールを飲んでいる。それは自分の信念があるわけでもなく、なんとなく流されるように生きてる現代人に通じる部分なんじゃないだろうか。

スカイ・クロラ』には永遠に子供のまま生き続けるキルドレという人間が主人公で、彼らは戦争に出ては、人を殺し続ける。政治的な背景、何処と何処が戦ってるか?というのも無い。キルドレはそれが仕事であり、それでしか生きられないからだ。

スカイ・クロラ』を観ると、大人の定義ってなんなんだ?と思う。というか、大人ってなんなの?

大人って落ち着いてる人の事?

それとも憎むべき存在?

嫌なもの?

型にハマったはみ出さない人?

肝心な事は隠して建前だけで生きてる人?

よく考えたら「大人だねぇ」という言葉ほど曖昧なものは無い気がする。

例えば、私が居酒屋でビールとイカとたこわさを頼むと『おっさんみたいな組み合わせだなぁ』と良く言われる。スコッチを飲んだりしてもだ。つまりここでは「大人だねぇ」を通り越し、おっさんになってしまう。

ところがだ、些細な事でイライラしたりすると、人は『まぁ大人なんだから落ち着いて』という。会社でも「大人の事情」なるものがあり、この世には大人にしか分からない世界もあるという。そのわりに人は大人が何なのかを教えてくれず、その定義はあやふやなままだ。

ハッキリ言って、私は大人では無い気がする。もうちょっとで25歳になるが、未だに映画でおっぱいが出て来るとテンションが上がるし、カンフーや銃撃戦があれば満足してしまう中学生のような精神だ。

大人という言葉を辞書で引くと。

(1)十分に成長して、一人前になった人。成人。⇔こども「になる」

(2)考え方や態度が一人前であること。青少年が老成していること。「年は若いが、なかなかだ」「君の考えもだいぶになったね」


と出て来る。十分に成長して一人前になった人って書いてあるけど、人間って一人前になるの?じゃあ精神的に成長が止まるの?

ハッキリ言って、それはないと思う。大人になっても年下から学ぶべき事、若い発想から得るものだってある。むしろそれが出来ない人は逆に大人ではない気もするんだよなぁ。

スカイ・クロラ』に出て来る大人は非常に象徴的なキャラとして描かれている。肝心な事は言わなかったり、権威を振りかざしていたり、嫌な存在として登場する。別に大人のすべてが嫌な存在だとは思わないが、人間が大人になるという事は果たしてどういう事なのだろう。
人間って何だろう?人間って不思議だ。という事を『攻殻機動隊』や『イノセンス』で描いてきて、他者との付き合い方から何から描いてきた中で、さらに『スカイ・クロラ』を観ると、人間としての生き方だけでなく、さらに現実的な大人である事の意味、そして仕事をする意味について考えさせられる。

スカイ・クロラ』で非常にいいと思ったのは加瀬亮の声だ。菊地凛子には何の魅力も感じなかったが、加瀬亮の声はベストキャストだろう。大人とも子供とも言えない、感情も生きてる実感も感じない淡々とした声。これはよくぞキャスティングしたなという感じだ。あくまで個人的な意見だが。

正直、長いと感じる部分もあったし、娯楽に寄ったと言われても、押井守節は炸裂しているし、ヒットするかどうかはかなり難しいだろうが、あいかわらず考えさせられるという意味でやはりおもしろかった。普通の人間が登場しない作品が多いが、普通の人間じゃないキャラクターを見せる事で、人間である事を実感させるという押井監督の独特の演出は健在。