妻を取られた男の狂気『スーパー!』
『スーパー!』をレンタルDVDで鑑賞。
麻薬中毒に苦しんでいた美人を「結婚」という形で救った冴えない中年男性が主人公。お客の入らないレストランで毎日毎日ハンバーグを焼き続ける変わらない日常を送っていたが、飛び切り美人の奥さんがいればあとはどうでもよかった。ところがその奥さんが再び麻薬に手を出し、イケイケなディーラーの元へと転がり込んでしまったことから彼の人生が狂い出す。奥さんを取られた彼は復讐に燃え、ディーラーの元へと行くのだが、当然のごとくボコボコにされ、ついには麻薬の密売人自体を憎むようになってしまった。そんな彼が神の啓示を受け、手作りのコスチュームを身にまとい、クリムゾンボルトと名乗って自警活動を始めるのだが……というのがあらすじ。
先立って公開された『キック・アス』よろしく「凡人がコスチュームを手作りしてスーパーヒーローになる」というお話かと思いきや、なんと奥さんを取られた男がその腹いせに世にいる悪人をボコボコにするという、超個人的なストーリーが大きな特徴。
恋愛において男は女々しいというのはよく言われていることだが、特に別れに向かってるわけでもない状態からフラれたりして破局を迎えた場合はダメージが大きく、元の状態だったころとの落差が激しくなり、その精神のバランスから相手のことを引きずってしまうように思える。特に略奪愛でフラれた場合はそれが顕著であり、その精神状態から相手のことを殺してしまいたくなる……というのは『ハイ・フィデリティ』でも描かれていたが、つまり『スーパー!』はそういった男なら一度くらいは経験があるフラれた男の狂気を動機にしているので、その時点でとても好感が持てた。その設定や公開時期から『キック・アス』と比較されていたが、どちらかというと『フォーリング・ダウン』や『エレファント』などの「お前らぶち殺してやる」系ムービーに属すと思う。
そもそもこの主人公は麻薬中毒だった女と結婚したのだ。その生活が破綻してしまうかもしれないという危惧は最初からあったことでそれに対しての気構えがなかったにすぎない。女は女で自分が今まで付き合ったことないタイプの男にたまたま弱ってる時に出会っただけで、主人公との破局も見えていた。しかも元中毒者なわけで、イケイケなディーラーについていくのは至極当然とも言える。つまりこの作品はホントに主人公の独りよがりな妬みから始まっているのである。そしてそこがあまりに自分勝手すぎて素晴らしい。
安定しているようで実は不安定だったという日常をたえず揺れ動くカメラで表現したり、主人公の行動が実は狂気に満ちたものだったりと『タクシードライバー』との共通点も多いが、割り込みしてきた男にぶち切れるなど、どちらかというとその思想は『シリアル・ママ』の方が近い。コミック的な表現をリアルにやるととてつもなくグロいというのは『ロイ・ビーン』だが、その前に監督がトロマ出身だということでその辺のアナログ描写はぬかりがない。アクションもスタイリッシュからはほど遠いドロ臭い描き方で怖さがあり、唐突なバイオレンスは黒沢清のよう。逆に「これから戦うぞ!」というシーンではスローモーションにジャンプカットを使うなど、映像の緩急の付け方も見事。
さらにキャスティングが完璧。エレン・ペイジはほぼジュノのまんまだったが、悪人なら誰でも殺してしまえばいいという狂気に満ちた役をキュートに演じており、イケイケのディーラーもケビン・ベーコンというこれ以上ない強烈な役者を起用。主役のレイン・ウィルソンはもちろんのこと、ドラッグに溺れる妻のリヴ・タイラーも実の父親を見て来たせいかリアルであった。
というわけで意識的にカタルシスはなく、ヒーローものを期待してると肩すかしを喰らう可能性があるが、一人の男の自分勝手な狂気が暴走していく様は見応えあり。『フォーリング・ダウン』が好きな人にはおすすめ。あういぇ。
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