ベスト・オブ・黒沢清『散歩する侵略者』

散歩する侵略者』をレンタルDVDで鑑賞。
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映画はとんでもないショッキングなアバンタイトルから幕を開ける。続いて奇妙な言動を繰り返す男が病院で保護されているシーンになり、彼の妻が迎えにきて、医者にことのあらましを告げられるのだが、実はこの夫婦の関係はとうに冷め切っていた。すっかりストレスから精神病になってしまったと思った妻だが、夫にある告白をされたことで自体は急変していく。その一方、バラバラ殺人を調査していた週刊誌お抱えのライターが、その生き残りであった女子高生を探していたところ、またしても奇妙な言動を繰り返す青年に出会い、ここでもある告白をされる。この二組が出会ったとき、すでに彼らはとんでもない運命に巻き込まれていたことを知る……というのがあらすじ。

人々に何かが感染していき、それによって人間とは?という問いかけを人間が見つめ直すという展開や、ワンカットのなかで正常から狂気になるという演出は『CURE』だし、独自の終末感と話のトーンとかけ離れたショッキングシーンの連続は『回路』だし、非日常なモノと人間が奇妙な関係性を結ぶというのは『LOFT』だし、ホラー映画のような演出でコメディを撮るというのは『ドッペルゲンガー』で、もうこれぞベスト・オブ・黒沢清というべき集大成的な作品であり、彼の最高傑作であるといっても過言ではないと思う。『クリーピー』もそのようなポジションの映画だったのにも関わらず、2017年のタイミングでこんな作品をつくってくるのもすごいというか、彼の才能というのは枯渇しないのではないだろうかと真に思わせてくれるモノをいま観れるなんてこれ以上の幸せはないだろう。

黒沢清によって役者として発掘されたアンジャッシュ児嶋一哉やラストでサプライズ登場するある人や前田敦子など黒沢組の常連はもちろん、高杉真宙恒松祐里といったフレッシュな顔ぶれ、そして長谷川博己長澤まさみ松田龍平といったスター俳優とキャスティングのバランスは今作でも冴え渡っている。インタビューや音声解説ではキャスティングにはあまり関わっていないなんてことも言っているが、だとしたら作品に役者たちが集まってくると言うべきなのかもしれない。役所広司前田敦子も黒沢組に参加できることは役者として光栄であるみたいなニュアンスを言っていたし。

というわけで物語の特性上これ以上なにも書けないのだが、逆にいえば、これで全部この映画の魅力は言い尽くしている。黒沢清の映画をまったく知らない人にとって、確かに後半の展開などはあっけに取られるだろうが、娯楽作としてはかなりおもしろい部類に入るのではないだろうか。実際、どういう展開になるのかまったく想像つかなかったし、ドキドキしたし、早く続きが気になり、そしてこの映画が終わってくれるなと心の底から思った。ぼく自身、仕事の忙しさもあいまって、ここ3年ほど映画から離れていて、その離れてた間に公開され気になってた映画を片っ端から観ているが、そのなかではいまのところダントツ一位だ。

三人の生徒が三人の先生を!?!?『先生!、、、好きになってもいいですか?』

『先生!、、、好きになってもいいですか?』をレンタルBDにて鑑賞。
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恋は雨上がりのように』のアニメ版についてブログに書いたが、基本的に年をとったことによって「世間から手放しで祝福されにくい恋愛している人」に「甘酸っぱい青春の要素」が加わった話が最近好きになり、当然ながら「女教師と男子中学生の恋愛」を主題にした『中学聖日記』も酩酊状態で布団にくるまり悶絶しながら観てたりする(実はブログのネタとして書いたのだが、8話進んだ段階で、自分が指摘したことが構成上のネタ振りだったことがわかりボツにした)。

で、その流れもあって「女子高生と高校教師の恋愛」を主題にした『先生!』も借りてきて観た。

この手の映画はおっさんになってからハマったクチなので、改めて観て驚いたのだが、キャストのヘアメイクはまるでお人形さんのようで走っても激しく乱れることはなく、天候を表現する照明もテレンス・マリックかというくらいすべてが包み込まれるような優しげな雰囲気を醸し出す。美術に至っては汚しや傷みたいなものはいっさいなく、清潔感の極地みたいにピカピカで、端的にいってこの世のものとは思えない、なんなら天国ってこういう感じの世界なのではないのか?と思うくらいの映像。もちろん甘酢を引き立たせるための画面設計なんだろうが、浮世離れしすぎて気持ち悪いというか、ブルーレイの高画質もあいまってファンタジーのようであった。三木考浩監督の作品は『ソラニン』しか観てないんだけど、知らない間に「胸キュン映画の巨匠」に登り詰めていたようで、その手腕はこういうところに発揮されていたらしい。

と、最初は度肝抜かれたんだけど「いやいや、オレはこういう映画を求めてレンタルしたのではないか、それこそインスタ映えするようなスイーツを食べるために来たのに“え?餃子とかないの?”」と怒るバカはいないと襟をただした。

映像はとにかく話もなかなかぶっとんでいる。

端から「先生と生徒の恋愛話」であることは百も承知で、それが観たいから借りてきたわけなのだが、はじまって早々、三人の生徒がそれぞれ三人の別な先生に恋するという禁断の恋愛のメガ盛り状態。で、そんなスタートなので、なぜ彼女たちが先生のことを好きなのかは描かれず、そのなかのひとりは若い過ち的なことなのか、その恋愛に対して早々に離脱する。で、残されたふたりはそれぞれに小さな恋を育んでいくのだが、広瀬すずはどこのきっかけでその恋が燃え上がっていくのかよくわからない。いや、別に好きに理由なんてないからいいのだけれど、じゃあそこに理由がなければならない生田斗真はどうかというと、これもまたよくわからない。その点、そこにしっかりと観客が納得する理由をつけていた『恋雨』はやっぱりよくできた作品だったということになる。

1時間話が経過すると、予想を超えた(といってもあらすじに書いてあるが)展開になり、その様子が運悪くSNS上で拡散。どの程度の社会問題になったのか画面上ではでてこないが、生田斗真側に責任ありとされ、彼と広瀬すずは離ればなれになってしまう。がしかし、彼らはそんなのどこ吹く風といった具合で何一つ傷を負わずにあっけらかんと日々を過ごしていく。

それに見かねた別な先生に恋をしていた親友ふたりがふたりのケツを叩き、お前らは一緒にならんかい!と激を飛ばし、ようやくふたりは本来の気持ちに気づいて、一緒になってめでたしめでたしという感じで映画は終わる。

とまぁ話の流れはこんな感じなのだが、いまツッコミを入れた以上に問題だらけの話である。

生田斗真は社会的な制裁を受けなければならないのにいうほどそんなことになってなく、SNSに晒されたにも関わらず、なんか自分からその処置を発案したかのような口ぶりで、しかも彼女からの「逃げ」だと見なされているし(『中学聖日記』でさえ、淫行疑惑で退職まで追い込まれているのにである)、そもそもタイトルに書いてあるように一方的に想いを寄せてていいか?と彼女側から譲歩しているわけで、先生もちゃんとした大人である以上、そこ止まりにするべきだった。実際、広瀬すずは先生とのある約束を境に、もう先生の周りをウロウロすることはしないと決意しているのである。つまり中盤であんなことをしたのはそれこそ「魔が差した」と思われても致し方ないし、劇中の言葉を借りるなら「弁解の余地」もなく、彼女への想いをみんなの前で独白するシーンも説得力に欠け、それが「胸キュンなシーン」とはどうもなりにくい。

ふたりのことを説得する親友もムチャクチャで、本人たちが納得し、それぞれの道を歩もうとしていて、その理由と行動に説得力があり、むしろこれで終わればキレイに収まるのに、『アウトレイジ ビヨンド』の小日向のように余計な理屈で引っ掻き回しはじめ、それが完全にノイズになっている。なんというか、ハッピーエンドに無理矢理もっていくための設定というか……

とはいえだ。そんなことを許容してこその甘酢ムービーなのだ。その意味でこの『先生!』は甘酢をこれでもかとぶっかけまくった濃厚なスイーツであり、特に前半はどこを切っても甘酢しかないような展開でキュンキュンしたし(メガネのくだりとか、先生に数学手伝ってもらうとか、雨のなか想いを叫ぶところか!)、正直、後半とかガッツリ観ながら泣いたりしてるのも事実。それをあっさりと平らげることができたのはなんといっても広瀬すずの清涼感!そしてその演技のうまさ!表情のうまさ!であり、彼女がやってればなんでもいいやとさえ思えるくらいであった。あとスピッツのエンディング曲な。

といったわけで、そういう緩い部分も含めて、ぼくはこれからこういった甘酢ムービーを『エクスペンダブルズ』を同じように楽しんでいくんだと思う。なんなら甘酢シーンだけしかないとかそういう映画作ってくれないだろうか。『パシリム』みたいな感じで。

ズブロッカをチョイスする粋な演出『孤狼の血』

孤狼の血』をレンタルDVDにて鑑賞。
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昭和63年の広島を舞台に、ヤクザよりも怖いマル暴刑事と彼の相棒に指名された大卒のルーキーが金融会社社員の失踪事件を追うというのがおおまかなあらすじ。マル暴が「毒を食わらば皿までも!」の精神で一線を越えまくりながらヤクザと綱渡りのような駆け引きを繰り広げ、ズブズブの関係になった結果、事件をキッカケに抗争に巻き込まれていく様を描く。冒頭で早々に被害者が殺され、犯人も登場するので、その刑事たちがどうやって、どんなやり方で犯人に近づいていくのか?が物語の焦点となる。

傷ついて少しばかり退色したようなフィルムの質感、岩に打ちつけられる荒波と三角の東映マーク、そしてフリーズフレームに合わせ、無機質なニュース映画風ナレーションでことのあらましを説明するくだりなど、明らかに70年代東映実録モノを狙った作りで、昨今の「コンプライアンスがどうしたとかいうヌルい映画なんかじゃねぇぞ!このやろー!」と嬉しい所信表明をする。

今作で驚かされたのは、映画ファンであればあるほど中盤とラストで驚くというユニークな展開だ。



ここからある映画のタイトルを出しますが、それを知ってるとネタバレになるので要注意


先ほど書いたように映画は手持ちで揺れない『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』のムードで進んで行き、当然そういった結末に向っていくんだと思うが、中盤、いきなり『その男、凶暴につき』や、その元になった『L.A.大捜査線/狼たちの街』のような展開に様変わりし、ラストも見事にそれをトレースしたような感じになっている。これはある映画のオマージュを大胆にやることによって観客を錯覚させ、中盤にサプライズ的にまったく違うテイストの映画のオマージュをぶちかますことで、映画ファンにだけ二重のドンデン返しになっているという点で、ひとつレイヤーを敷いたことで深みを増しているということ……だと思う。いや、多分間違いない。


ネタバレ終わり


世間的に役所広司は『Shall we ダンス?』や『失楽園』のイメージが強いだろうが、元々この人は『シャブ極道』や『KAMIKAZE TAXI』で出てきた人なので、この手の役どころは得意分野であり、『渇き。』同様、騒ぎ立てながら違法捜査に手を染めていく刑事をいきいきと好演。その反面、重要な役どころである竹野内豊は『仁義なき戦い 広島死闘篇』のコスプレでスベリ倒していたし、江口洋介も残念ながら「ヤクザ風の上っ面な演技しかできてない元・トレンディ俳優」をそのまんま体現しててミスキャストの印象が残った。しかし、完全にイケメン枠として起用されたであろう松坂桃李がそれまでの安っぽいイメージを払拭するかのような熱演で、その先輩方を完全に食ってしまうという良いアクシデントもあって、役者の演技だけでも非常に楽しめた。

監督は一度『日本でいちばん悪い奴ら』でマル暴刑事が大暴れする作品を撮っている白石和彌。しかし同じような題材ながらそのタッチは著しく違い、さらにブラッシュアップされ、全体的にはシリアスかつエモーショナルであり、これみよがしな泣かせるシーンなんかも差し込まれる。ややエロは減少されたものの、バイオレンス関係の描写は抜かりなく、思わず目を背けたくなるような場面も散見される。『凶悪』と『日本でいちばん悪い奴ら』も充分すぎるほどの傑作であったが、今作を観るとその二作がホップ、ステップであったことが分かり、まるで強大な生命力を持った昇り龍のような映画に仕上がったことは言うまでもない。自信をもってオールドファンにもおすすめしたい一本だ。

……あと、余談というか、細かいことになるが、役所広司が酒を無理矢理飲まされるシーンがあり、その酒がズブロッカというポーランド製のウォッカだった*1。原料にバイソングラスを使ってるからなのか、バイソンがラベルのモチーフにされているのだが、久本雅美いわく「暴れ牛すら押さえつけるほどの強力なお酒」という意味もあるらしく*2。恐らくこの映画でもその文脈で使われてるんだと思う。元々の意味が違ったとしてもなかなか粋なチョイスだし、リアリティが増すのだが、これ原作にあったのか、脚本家が銘柄指定したのか、それとも監督の指示なのか、もしくは美術に酒好きの人がいて、それで勝手に作ったのか、ズブロッカを愛飲している立場としてそれがすごく気になったので、誰か聞いてほしい。だって、酒を飲ませるのであればウイスキーとかでもいいわけだし。

さらに余談だが、ズブロッカは冷凍庫に入れて氷点下まで冷やし、それをショットグラスで一気に流しこむというのがおすすめの飲み方。口のなかで暖まったことでパイソングラスの香りが鼻から抜けてとても豊かな余韻を残してくれる。パイソングラスというのはあまり馴染みがないが、桜餅食べたときのあの香りに近い。映画と共におすすめ。

孤狼の血 [Blu-ray]

孤狼の血 [Blu-ray]

*1:綴りが違ったので恐らく美術班が完全に似せて作っている

*2:といいつつソースはない、確か『メレンゲの気持ち』で言ってた

グレイトだぜ!『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』をレンタルDVDで鑑賞。
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「実写化不可能」と呼ばれてる企画は数あれど『ジョジョの奇妙な冒険』ほど、この言葉にふさわしかった作品はないと思われる。「アメトーーク」で「ジョジョの奇妙な芸人」企画をプレゼンしたら、「ガンダム芸人」の二倍以上の得票数で企画が通ったくらい、熱狂的なファンを多く持つ作品であり、ぼく自身も呑み屋で「ジョジョ」の話だけで数時間イケるクチだったりする。

今までにいくつか映像化はされているが、タイトルバックのかっこよさに本編の作画がついていけてないアニメ版や、完璧に映像化してるわりにシステム自体が微妙なゲーム版*1など、やはりマンガ以外で完璧に「ジョジョ」を表現できてるものがなく、それが実写となれば相当な完成度が求められるのは企画に関わったスタッフ全員が分かってることであり、不退転の決意で挑んだことは想像に難くない。しかも監督が三池崇史ということもあって、もしかしたら園子温の『TOKYO TRIBE』くらい原作を破壊することになりかねないとも思っていた(あれはあれで好きだけど)。

ところが、いざ蓋を開けてみるとこれが見事なジャイアントキリングであり、大旨高評価だったのも納得。なんなら傑作といっていいかもしれない。

実写化したのは日本が舞台の「第4部」で、一番牧歌的なストーリーでもあり、屋内でのバトルシーンが多いということもあって日本でやるならこれしかないだろうとある意味案牌なのだが、これをなんとスペインロケで撮るという大胆不敵な作戦を決行。原作者がストーリーボードを入念にチェックしていたこともあってかおふざけは一切なく『十三人の刺客』と『一命』で見せたような、格式高い映像美で魅せていく。美術も相当リキが入っており、まさに真っ向勝負での「ジョジョ」実写化。その心意気だけでも泣かせる。

さらにCGのクオリティの高さがその映像美を援護射撃。かつて邦画において、ここまで実写映像とマッチングしてただろうか?というくらいであり、水の表現は『アビス』をはじめて観た時のような衝撃と感動を覚えた。企画は10年前から立ち上がっていたようだが、10年前に撮影してたらここまでのモノになってなかった可能性もある。技術の進歩もさることながら、相当なトライ&エラーがあったのではないかと思われ、それによってスタンドの表現は完璧で、これ以上何かを望んだらバチがあたるレヴェル。

ストーリーも大胆なアレンジがなされているが、それでいてしっかり「ジョジョ」らしさを残していて、なによりも素晴らしいのが2時間費やしながらもなにひとつ話が進行しないという点。それこそ『パシフィック・リム』のように「ジョジョ」のここが観たいんだよ!という部分しか抽出しておらず、スタンドのバトルが延々と続いていくだけ(しかもかなり長めに時間を割いていてそのあたりもよくわかっている)。『進撃の巨人』や『寄生獣』とは違い、客層を原作を知り尽くしてる人だけに絞ったのだろう。故に興行的にはその二作に負けているが、ファンが脳内で描かれてない部分を補完できるようになっており、だからこそ高評価につながったのではないかと思われる。

キャスト発表の段階で「絶対にありえない」と思っていた山崎賢人もスペインロケの高揚感もあってか、いきいきと仗助を演じており、誰もがハマり役だろうなぁと思った神木龍之介や小松菜々、観月ありさなど、その他の役者陣も完璧であり、これなら逆にスピンオフとかでもいいからもっと他のキャラクターの話が観たいなと思うほどであった。

他にもいろいろ言いたいところはあるが、とりあえずスタッフ、キャストを含め、この作品に関わった人たちに「グレイトだぜ!」という言葉を贈りたい。そしてなんとか第二章も制作していただきたく……なんで10億いかなかったんだろう……まぁレンタルで稼ぐんだろうが……

*1:ただし、例外としてCAPCOMの格闘ゲーは別格

『凶悪』を想像すると肩すかしを喰らう『サニー/32』

サニー/32』をレンタルDVDにて鑑賞。
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いきなりだがこの作品、そのつくられた経緯というか成り立ちがすごい。

監督は白石和彌だが、リリー・フランキーピエール瀧のコンビに脚本の高橋泉出世作である『凶悪』のメンバーが再集結。しかも内容は「佐世保小6女児同級生殺害事件」を下敷きにした実録モノ。ここに当時NGT48のキャプテンとして卒業発表したばかりの北原里英(以後、きたりえ)と『愛の渦』でブレイクを果たした門脇麦が出るというのだから否が応でも期待が高まった。

当然、これだけの座組なので、女優志望だったきたりえがオーディションで役を勝ち取り、女優人生のスタートが切れると自信がついてNGT48を卒業することを決意した……そんなようなことだと思っていたのだが、蓋を開けてみると、そもそもまずきたりえ主演いうこと前提で企画がスタートしており(だから秋元康がスーパーバイザーとして名前貸しをしている)、本人に「どんな映画に出たい?」とたずねたところ「白石和彌監督作が良いです!」とリクエストしたからこのような形になったとか。

恐らくいままでNGT48のキャプテンとしてメンバーの選考から立ち合うなど、尽力した彼女へ秋元康なりのプレゼントだったのだろうが、それだけのことでこれだけのメンバーが集まるとは秋元康恐るべしといったところである。

で、その『サニー/32』だが、極寒の長岡で撮影された映像はすさまじく、あきらかに自然の天候をそのまま利用していることがよくわかる。雪山をほぼ下着同然の姿で走り回らされるだけでもキツいが、さらに強風吹き荒れる海辺で乱闘させられるなど、若松イズムを引き継いだ白石演出は容赦なく、そこでその寒さを実感している新潟県人にとっては地獄であることがまざまざと感じられる。

きたりえも当時はまだまだアイドルだったがNGなしといった感じで、それこそ『凶悪』コンビに『凶悪』でやられたようなことをやられる。あまりのすさまじい撮影に泣き出したり、監督を無視したりしたこともあったらしいが、それでも女優としては大切な宝物の一本になったと言っていたから本人としては充実感はあったのだろうと思う。そりゃそうだ。好きな監督に好きなテイストで撮ってもらったのだ、女優としてこれ以上の幸福はないだろう。

ただ、監督もアイドル映画として撮ったみたいなことを舞台挨拶のときに言っていたので、実録モノであるにもかかわらず『凶悪』みたいなものを想像すると肩すかしを喰らう。「好きに作ってください」と秋元康に言われたのか『凶悪』の監督/脚本コンビで製作されたとは思えないくらいノーブレーキで、本当はこういうのが撮りたかったのかと監督のもうひとつの一面を見たような気もした*1

キャスト全員が舞台挨拶で「登場人物が何やってるかわからないし、感情移入できないし、ラストまで観るとポカンとする」みたいなことを言ってるくらいで、まぁ解釈の余地が入り込まないくらい意味不明。「佐世保小6女児同級生殺害事件」に着想を得た話だが、それに「闇サイト殺人事件」を合体させ、それを被害者側から撮っている感じ。きたりえ以外のキャラクターのバックボーンが一切出てこないが、それもふくめて現代のSNSの状況などをレイヤーとして敷いているのかもしれない。

と、説明はしたものの、それでもわからないことだらけである。例えば門脇麦はなんであんな状況になってたんだ?とか、テレビもないようなあんな場所でWi-Fiとかどうしてたんだとか、ピエール瀧リリー・フランキーの関係性だとか、「セックスっす!」と言ってたカップルはなんなんだとか、きたりえがなんであんなに豹変したのか?とか、なんで身体から放電したり、電気に強いのか?とかいろいろ。

とはいえ、きたりえが言ってるように「展開が予測出来ない映画」であることは間違いなく、つまらない映画では決してなかった。『凶悪』のメンバーが再集結したわりに『凶悪』ほど盛り上がってない気もするが、異質なアイドル映画として観ればおもしろく観れるのではないかなと……まぁ、あんまり酷評しないでくれよ……きたりえがんばってるし、新潟ロケだし……

サニー/32 [DVD]

サニー/32 [DVD]

*1:ニセモノであるといわれたきたりえに本物だといって出てくる門脇麦の対立なんかは、オーディションで役を勝ち取りブレイクした「本物の女優」と、コマーシャルなプロデューサーの口利きで演技もロクにできないまま主演した「ニセモノの女優」の対比のメタファーなのかなと思ったりもして、なかなかわからないように凶悪なことするなと妙な深読みすらしてしまった次第