テレビの時間『カメラを止めるな!』

カメラを止めるな!』をGYAO!の24時間限定無料配信にて鑑賞した。
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映画がはじまってそのまま37分間という怒濤の長回しシーンがあるのだが、明らかにNGテイクであることが早々にわかり、なぜその状態でカメラが回り続けるのか、観ているあいだはよくわからない。もちろん相当計算されていることは観れば明らかだし、一応ハラハラしながらも最後まで完走するのだが、なぜこのような完成度でOKテイクとしたのか?元々低予算でつくられた映画だということもあって、リテイクができなかったのだろうか?……など、いくつか疑問点を残したまま観ていると、映画は1ヶ月前にさかのぼり「なぜNGテイクであるにもかかわらずカメラを止めなかったのか?」というのがわかる仕組み。

観た人ほぼ全員が口を揃えて「おもしろいんだけど、どういう映画か一切いえない」と言っていたが、確かに観て納得した。この作品、構成上の問題でネタバレがどうした以前にあらすじどころか、映画の概要すらなにひとつ説明できないのである。そもそもタランティーノよろしく、第一幕が終わった瞬間に時系列がさかのぼり、それがキモなので、もしこれが時系列順に並んでいたらここまでのおもしろさになってないのではないか?というところもある。


※ここからネタバレ


この作品、監督はもう解散してしまったある劇団の芝居からヒントを得たと公言しているが、あくまでそれはサンプリングの一部であり、本当に元にしたのは三谷幸喜の『ラヂオの時間』ではないかとニラんでいる。そういう指摘もチラホラあったし、デビュー作である『お米とおっぱい。』は『12人の優しい日本人』のオマージュだと公言していて、人生で影響を受けた人物の一人に三谷幸喜をあげているほどなので、それで作品を知らないというのはいくらなんでも無理があるというもの。

観てない人のために説明すると『ラヂオの時間』はタイトル通りラジオ局を舞台にしたシチュエーションコメディだ。

リハーサルでは大成功に終わった生放送のラジオドラマがある女優のわがままによって本番直前で設定が変わった。スクリプト・ドクターの三宅隆太いわく「シナリオは1カ所直せばいいというわけではなく、1カ所直したら全体のバランスが崩れるから、またイチから見直さなければならない」とのことだが、まさにその言葉通り、普遍的なメロドラマだったシナリオは放送の時間内に間に合わせるため、小さな設定の変化につじつまを合わせ続け予想を遥かに越えた壊れかたをしはじめる……

元々三谷幸喜は『クリムゾン・タイド』を観て、スリリングな潜水艦モノを作りたいと思ったが、予算の都合や舞台設定などもあって、潜水艦という閉塞された空間をラジオのブースに変え、デンゼル・ワシントンジーン・ハックマンの関係性をディレクターとプロデューサーにして脚本を書き上げた。さすがにそのネタ元は映画を観ただけではわからないが、先ほど書いたように『カメラを止めるな!』は、この設定を生放送のワンカットドラマに変え、その本番を冒頭に持ってきて、その裏側では何が起きていたのか?を後半に持ってくるという構成にしただけともいえる。ラスト付近で一応成功したよねーとささやかにスタジオから人が消えていくシーンや冒頭が長回しという部分、さらにプロデューサーと監督のやりとりなどなにからなにまで似ている。


※ネタバレ終わり


さらに「普通に観ていれば映像通りに受け取るが、実はその裏では予想もしないことが起こっており、それを知ったうえでもう一度観ると、その映像は瞬く間に違う印象を持つ」という意味において内田けんじ監督の『運命じゃない人』や『アフタースクール』とも似ており、そのあたりも影響があるのかもしれない。実際ぼくは知人から『カメラを止めるな!』の感想をネタバレなしで聞いた段階で『運命じゃない人』みたいな映画なんじゃないの?と聞いたくらいだ。

しかもこの作品は低予算であることを完全に逆手に取っており、低予算だからこそ、このおもしろさになったと言っても過言ではない。

まず先ほど書いた冒頭の長回しである。端から複数回の鑑賞を狙ってるため、これがカットを割った作品であったり、移動しないような舞台上だと設定として露骨に変すぎて鑑賞に堪えられないレヴェルだろう。まずは37分間集中して観てもらわなければはじまらない。そのために「低予算でなんとかがんばってるなぁ」という前提を観客が共有してなければならないため、ある程度のアクシデントも最後まで撮るためにはしかたがないと長回しにすることにより無意識的に汲み取ることができる。これはうまい。

さらに出ている役者陣がほぼほぼ無名で、その各々の特性を知らないこともあってどのように物語が展開していくのかが予測がつかない。大スターなら生き残るっしょ?とか、そういった定石はこの映画では通用しない。そのあたりもスター映画では絶対にできなかったことである。

なによりも低予算で作り上げた映画という部分がメタ的な構造になり、最終的にトリュフォーの『アメリカの夜』ばりの映画愛に包まれるってんだからこれは号泣必至でしょう。と、他にもいろいろ言いたいことはあるのだが、あまり長々書くのもあれなので「なんかあんまり有名な人でてなくて、監督も新人なんだけど、めっちゃおもしろいらしいよ?」くらいの感じで観ることをおすすめしたい。というか、ぼくも内田けんじ監督の『運命じゃない人』を観るときがそんな感じのテンションだったので。


あ、最後にもうひとつだけ。なんであの女優の子、足についてる「アレ」はがしたん?

NGTの曲がかかっても違和感ない『全員死刑』

全員死刑』をレンタルDVDで鑑賞。
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近くのレンタル屋さんに『孤高の遠吠』がなかったので観れず、結局小林勇貴監督の作品にはじめて触れたのはNGT48の『春はどこから来るのか?』のMVなんだけど、これがまぁかなり衝撃的な内容で、特報の映像も含め「オレ!小林勇貴が監督してるっす!」という刻印がいたるところにあり、さらにド直球なアイドルソング石井岳龍の『爆裂都市』をやるという対位法を使った映像表現がヲタの間でも賛否両論を巻き起こした(どちらかと否の方が多かったかも)。一見、奇を衒い好きなことをやったように思えるが、ぼくはあの作品……『爆裂都市』が元々持っていたパンク的なアティチュードを際立たせるという批評的なスタンスがそこにあったのかなと思えて大変おもしろく観たクチ。で、その話を映画好きの後輩にしたら「あー、あの監督、間違いなく石井岳龍に影響受けてますよ『孤高の遠吠』なんて『狂い咲き』っぽかったですもん」と言っていたので、あながち間違いではないのかなと思ったりもした。

で『全員死刑』なんだけど、これ、大牟田4人殺害事件を題材にした実録犯罪モノであるにもかかわらず、テンション的にはそのNGTのMVとほとんど変わらない。なんならこの予告編映像に合わせて「春はどこから来るのか?」が流れ出しても違和感ないような作りで、恐らくこの人、どんなジャンルを撮ったとしても小林勇貴然として作品が成立してしまうというか、それこそ『俺は園子温だ!』とか“劇団、本谷有希子”のような、その個人が主張してくるような映像作家としての確固たるビジョンが若くしてあるなと思った。

なので、同じ実録犯罪モノとして白石和彌監督の『凶悪』あたりを想像すると肩すかしを喰らうはずである。どちらかというと内容的にも表現的にも三池崇史の『牛頭』や『ビジターQ』ラインであり、手作り感溢るるキッチュさと笑っていいのかどうか分からないエクストリームな演出が全体を覆う。だからこそ映画評論家の町山智浩も絶賛したんだと思うが、あのあたりを生理的に受け付けないのであればこの映画を好きになることはないはずなので、そのあたりは覚悟して鑑賞していただきたい(それこそ三池監督でいえば『DEAD OR ALIVE』オマージュみたいなことをyoutuberディスと共にやってのけるという離れ業も披露している)。

そして、こんなハチャメチャで無茶苦茶な破綻ギリギリの内容であるが、実は事件や犯人の手記自体がそういった、ちょっと浮世離れした感じで、わりとそれに忠実に映像化しているというのだから驚く。一見シュールに見えるところも実際がそうだったということが多く、ウィキペディアを見ても事件の顛末までの流れはほぼ一緒で、親父が最後にとる行動も場所こそ違えどホントにそうだったということが後にわかった(というか実際の事件の方がもっとトンでもない場所だったりする)。その意味でも「映画的にはぶっ壊れてるが、それは原作がそもそもそうで、それを忠実にやっただけ」という宮藤官九郎の『真夜中の弥次さん喜多さん』にも近いのかもしれない。

ハッキリいうと、ちょっと地に足が着いてないというか、やりすぎだろと思わなくもないが、じゃあだからって通り一遍な映画を撮ったところで凡百の実録犯罪映画の一本として埋もれていくだけなので、これからも小林勇貴小林勇貴然とした映画を撮り続けてほしいなぁと思う次第なのであった。いろんなサイトでの評価はそこまで高くないがおもしろかったし、なんなら秋元康サイドがOKだすのならば、NGT48のMVもまたお願いしたい所存である。まぁ監督の方がお断りするんだろうが。

全員死刑【DVD】

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全員死刑【Blu-ray&DVD】(期間限定生産)

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家父長制という虐待『葛城事件』

『葛城事件』をレンタルDVDで鑑賞。
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黒沢清監督の『トウキョウソナタ』のなかでこんなシーンがある。

父親以外の家族が席に着き、夕飯もテーブルに並べられてるのに誰一人手を付けずに待っている。そこに父親がやってきて、おもむろに冷蔵庫を開け、缶ビールを持ちテーブルに座る。そのビールをグラスに注ぎ一口飲みほし、そしてまたビールを注ぐとそれが合図であるかのようにようやく家族全員が夕飯を食べ始めるのだ。

音声解説によるとこれは脚本にクレジットされているマックス・マニックスが異常な長さで脚本に書き込んだという。いわゆる外国の方から見た「フシギの国ニッポンのフシギな習慣」ということなのだろうが、日本人はこのシーンを見て「あー、これウチと一緒!」という感想と「ホントにこんな家族あるの?」という感想に分かれるらしい(ちなみに黒沢清の家にこのような習慣はなかった)。

ぼくの家族もわりとこれに近い暗黙のルールがあり、それによって長年嫌な思いをしているが、ついこないだも「笑ってこらえて!」の「娘は父親が好きか?」を検証するドッキリのなかで、やっぱり仕事帰りの父親が席に着くまで家族全員が夕飯を食べずに待ち、席に着くといっせいに食べだすというシーンが放送された。

これは日本に昔から根付く家父長制(家長が絶対的な権力を持ち、家族全員を支配する制度)であり、アメリカでは虐待になるとも言われているが『葛城事件』はそれによって引き起こされる家族の悲劇についての物語だ。



いきなりネタバレ




三浦友和演じる父親には息子がふたりいるのだが、そのふたりは後に命を落とすことになる。長男は自殺、次男は無差別殺人事件の犯人として死刑でだ。彼は家父長制でもって20年間かけてふたりの子供を真綿で首をしめるようにじわりじわりと死に追いやったわけだが、これは虐待で幼い子供を殺す親とやってることは変わらない。もっといえばその父親のせいで、無差別に人が殺されているということでもあり、だからこそタイトルが『葛城事件』になっているのだと思う。




ネタバレ終了




映画は家族がとっくに崩壊している様を映し出し、時間軸をバラバラにすることによって、葛城家がいかに崩壊していったのかを描き出すが、この映画は幸せな瞬間を映し出してるように見せかけて「家族はすでに形成されたときから壊れていたんですよ、父親のせいで」とハッキリ提示する。本人は無自覚であっても、家族はそう思っているんですよと。

家族というコミュニティは実に不思議なバランスで成り立ってるものだと思う。友人とは違う独自の気の使い方や我慢があり、友人にいえても家族にはいえないことが死ぬほどある。映画史のなかで描かれる家族崩壊はひょんなきっかけで起こるが、実際は違う。むしろ最初から崩壊寸前で、それを崩壊しないように各々がつなぎ止めているものだし、元々作った段階で綻びがあるものなのだ。なぜなら家族といえども他者同士だからである。

その意味でこの『葛城事件』はちょっと大仰ともいえるフィクショナルな部分とリアリスティックな部分をうまーく混ぜ込みながら「家族とは所詮こういうものなのですよ、みなさん」と問いかける。フィックスでローアングル。時には左右対称になるくらいカチっとした画面構成は『東京物語』のそれを彷彿とさせるが、あれも戦後の家族崩壊についての映画であった。

「後味がすごく悪い」という感想が並ぶが、後味どころか、この映画は「最初から最後まで味が悪い」といえる。もうシーンすべて、なにからなにまで味が悪い。しかし、こういう風になる可能性がある家族はこの映画のなかだけではない、現実にはあることなのだ。ぼくの家族が、ぼくの父親がそうであるように。

おかーさーん!麦茶ふたつ持ってきてー!『ヒメアノ〜ル』

ヒメアノ〜ル』をレンタルDVDで鑑賞。
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大・傑・作!!!!!

とんでもない、とてつもない映画だった。観た後すぐには動けなくなるくらいの余韻を喰らったのは久々かもしれない。

映画はまずある一組の男女が恋人同士になるまでの過程を丁寧に描いていく。バイト先の先輩が好きになった女の子との仲を取り持つために奮起する主人公であるが、なんとその主人公に彼女が惚れてしまったからさぁ大変。先輩のこともあってふたりは先輩には内緒で付き合うことになるのであった……

と書くとどこかで聞いたことがあるような恋愛ストーリーになるのだが、この映画はそこにひとつ「偶然に出会った森田というかつての同級生」の存在をレイヤーとして敷くことで、このふたりが近づけば近づくほどに不安感/恐怖感が増していくという手法をとっている。画面上ではとてもほほえましい男女の恋物語なのに、それがどうもそのように見えない……いや、見えてるんだけど、そう感じない。先輩がいることでその不安感をひとつ煽っているのだが、それはあくまでフリの段階であり、それとはもうひとつ違う得体の知れない何かがその恋愛を支配するようになっている……

これはうまい!!!!!!

そしてその恋愛が成就したとき「いいか、お前ら、ここからが本番だ!覚悟しろよ!」と言わんばかりに絵に書いたような不穏な音楽と共にタイトルがでる……このかっこよさ!!!この1時間弱に及ぶアバンタイトルから映画は急転直下。しかし、それまでフィックスで原色も使いキチッと撮っていた画がグラグラと不安定に揺れ動き、色彩もノワールのようなグレーがかった色味になる!そして物語が加速していく!!!

そこからの展開は……もういろんなところで語られているが、陰惨極まりないジャック・ケッチャムのような世界で、どんづまりの状況から殺人に向かうという意味では逆“アメリカン・サイコ”ともいえる。もうこのあたりはまともに画面を正視するのもツライほどで、ラスト付近なんかはノドがカラッカラになるくらいのハードさ。

しかし、この映画が真にすごいのはラストにある。

ラスト「おかーさーん!麦茶ふたつ持ってきてー!」という言葉と共に広がる光景で極悪非道な展開がすべて浄化され、森田の人生でいちばん幸福だった瞬間がホントになにげない普遍的な風景だったことに観客は涙し、彼はこの時から時間が止まってしまったことを知るのであった………

「おかーさーん!麦茶ふたつ持ってきてー!」……この言葉を思い返すだけで泣きそうになるなんて……かつてこんな映画があっただろうか?「おかーさーん!麦茶ふたつ持ってきてー!」……ああ……こうして書いてるだけでまた涙が……うう……

ヒメアノ~ル 豪華版 [Blu-ray]

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戦場FIST『野火』

『野火』をAmazonプライムにて鑑賞。
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何の情報もなく、Amazonプライムにあったから観たくらいだったのだが(そもそも戦争映画が嫌いというものある)、画面を覆い尽くす監督の執念みたいなものに圧倒された。観たあとに調べたら、製作にまつわる超絶な紆余曲折と母の介護問題、さらに役作りのための減量も含めて、ホントに塚本晋也執念の企画だったことがわかり、ちゃんとそういうものは映像に刻印されるものなんだなと改めて映画のマジックに感動した。執念を越した狂気のようなものまで映画の内容と共に浮かび上がってきた感じだ。

圧倒的な制作費のなさで、主役を自ら演じ、衣装やら小道具などすべて自前で、護送車はダンボール、ヘルメットは発泡スチロール、銃器は木を削って作った。脚本を書いたあと、シーンを解体して、どこにお金をかけるべきなのかを熟考し、ボランティアスタッフの面接では「借りた衣装は1着しかないが、あなたはこれをどうやって増やしますか?」と実践的なお題を与え、それにしっかり答えられた者を採用。伍長役の中村達也も現場でスタッフにアドバイスするなど、世界の塚本と呼ばれる人でさえ、このような製作体制だったことに驚く。中小企業が知恵を絞ってひとつのプロジェクトを遂行させるようなそんな話である。元々完全自主体制で映画を作っていたとはいえ『野火』という題材でこれをやるというのは確かに無謀なことのようにも思えた。

しかし、本編を観ると、超超低予算であることなど微塵も感じさせない。圧倒的な映像体験がそこにある。敗戦濃厚のなか、フィリピンから飢餓状態で敗走するという内容がちょうどサイズ的にあっていたのだと思う。「映像から戦場の匂いも感じられる」という感想があったが、まさにそんな感じ。話も途中からいきなりはじまって、ブツっと終わるので、まさに戦場に投げ込まれたようなそんな感覚が全編に通じてあったし、戦争体験者からの取材もかなり参考にしているのではないかなと思った。

特に驚かされたのは出演者三人の演技だ。映画に出演経験があるとはいえ中村達也はミュージシャンだし、いまや日本映画に欠かせないリリー・フランキー、そして塚本晋也も役者が本業ではない。なのにもかかわらず、あれだけの極限の演技をそれぞれがしてしまうと、役者とはなんだろう?はたまた製作体制もふくめて映画とはなんだろう?と改めて考えさせられる。できあがってしまって、それを観客が観るときは映ってるものがすべてなので、その裏側なんてどうでもいいことなのだろうが、その人間としての一線を越えてくるような内容も含め、なにもかもが他の映画とは一線を画しているため、ちょっと映画ではない何かを観ているような……そういった気分にもさせられた。

『野火』という有名な原作で一度映画化されたものの再映像化ということだが、基本的に「閉塞的な都会で肉体を変貌させた男が狂気に取り憑かれてさまよい歩く」という映画を撮り続けた塚本晋也にとって、その都会がジャングルに、肉体は痩せ細るという変貌になっただけで実のところ『TOKYO FIST』や『バレット・バレイ』とさほど変わらない。なんなら『戦場 FIST』なんていいかたもできるくらいで、塚本晋也ファンにとっては原点回帰でもあり、集大成的な作品にもなっている。すべてを観ているわけではないが、最高傑作といっても差し支えないかもしれない。おすすめだ。

野火 [Blu-ray]

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