ヘアスプレー

9時45分に『ヘアスプレー』鑑賞。のっけから言わせてもらうが趣味嗜好は別にしても間違いなく今年のベスト1だろう。

ジョン・ウォーターズのオリジナルは未見で(むしろそれがあった事も最近知ったのだが)その元になってる舞台版もまったく知らないので、あんまり勝手な事は言えないのだが(だったらオリジナルを観てから書けよって話なのよね)

とにかく娯楽度としても思想としてもほぼ完璧に近い作品でまさに好き嫌いは別にしても、めちゃくちゃ良く出来てる映画であった。

アメリカは自由の国とか言いながらも非常に保守的であるのは『イージー・ライダー』とかを観れば明らかなんだけど、この『ヘアスプレー』の舞台になったボルチモアもそういう場所で、時代が変わって行く事を受け入れようとしない。そのボルチモアのローカルTV局の番組に1人の女の子がオーディションを受けるところから物語が始まるが、

ジョン・ウォーターズの映画はそうなんだけど、人とは違うという事を個性として特出するでしょ?それがニワトリを犯そうと、ゴミを分別しない人を殺そうと、バカな写真を撮り続ける男だろうと、なんか映画の中ではヒーローになったりするのが特徴で、それが差別や偏見に対する理想のメタファーっぽくなる。

『ヘアスプレー』ではそれが露骨には現れないが(オリジナルではもっとすごいのかも)露出狂が出て来たり(あの露出狂ってジョン・ウォーターズだよね)デブな女とバカなおもちゃしか愛せない男が出て来たり、黒人やデブなヤツという世間でいうところの『キモい』やつらが(揶揄するために使ってんだぞ)当たり前の人間として出てくる。むしろ、それがかっこいい基準になっていて、人と違うという事を惨めに思うな!というメッセージになってる。

あと『ヘアスプレー』の何が素晴しいって、徹底した差別撤退でしょ。まず、デブでチビの女の子を主人公にするというところが何よりも素晴しい。でも、基本的にアメリカって1つ武器があればウェルカムな国だったりするからね、ジャッキーだって、まともに英語喋れてないらしいけど、彼にはアクションという個性があるからハリウッドスターになれた。

『ヘアスプレー』の主人公はデブでチビなんだけど(これもその内差別用語とかになるのか?)
歌と踊りが大得意で、その武器1つで人気者になっていく。ただ『ヘアスプレー』がさらに素晴しいのは、人種差別に対してもNOと言ってるところだ。実は『ヘアスプレー』は60年代が舞台なっていて、まだアメリカに差別が根付いた時代を取り上げる。実際アメリカは奴隷解放をしてもその後、人種差別は徹底して行なわれ、映画の中にも出てくるように白人と黒人を差別どころか区別し、きっちり分けていた。体育館でダンスするシーンでも白人ゾーンと黒人ゾーンがあって、黒人ゾーンに入ろうとする主人公を黒人の友達が止めるというシーンが出てくる。

私世代になるとそういう事っていうのは映画や芸術、TVで取り上げられない限り知る事はないし(あと興味を持たない限りは)日本でそういう教育を行ってるかどうかも定かではない(オレは中卒だ)のでなんとも言えないが、娯楽映画でそういうのをウソなくやるというのは、今の時代だからこそ出来るのかもしれないし、そういう事はたくさんやっていただきたい。しかも説教臭くないのも実にいい!(だから私は海賊というレイプしまくりの極悪人を正義のヒーローにした『パイカリ』が許せない)

思想だけでなく『ヘアスプレー』は娯楽映画としても一級品だ。まず、歌だが、主人公が冒頭から唄う歌にノックアウトされた。正直勉強不足なのでどういう経緯で作られた曲なのかよく分からないが、間違いなく、ウォール・オブ・サウンドを意識した楽曲である。そして、その後に出てくるのはレイチャールズを意識した古き良きR&B、この2曲で作品の方向性や思想が分かる。

さらに役者だが、なんと言ってもジョン・トラボルタだ。彼は作品選びがドヘタクソでここ近年は作品に恵まれず、『パルプ・フィクション』と『フェイスオフ』で築きあげたキャリアをズタズタにしてたが、やっとここに来て、ドンピシャな作品に巡り会えたと言っていいだろう。
パルプ・フィクション』ほどではないが、彼のダンスも久々に観た。久しぶりに『サタデー・ナイト・フィーバー』とか観たくなるなぁ。

ただ『ヘアスプレー』はホントに素晴しかったし、けなす人も絶対に居ないんだけど、これね『ハッピーフィート』と思想はほぼ一緒で、さらにミュージカルというところも似てるんだよね。ところが『ハッピーフィート』に差別や偏見はいけないって思想がある事はみんな気づいてないでしょ?というか、気づいてる人が少ない。今の観客は映画の向こう側にあるものを見ようとしないし、知ろうともしないんだよね。だから『ヘアスプレー』にはそういうメタファー的なものが一切無い、真っ向から人種差別に対してNOと言ってる。バカでも分かりやすく作られてるのが素晴しい反面、哀しいとも思ったり…

まぁ個人的なベスト1にはならないだろうけど、そういう趣味嗜好や自分のキャラを差し引いたら、間違いなくベスト1だいね。

あとちょいネタバレになるけど『ヘアスプレー』で好きなシーンがあって、それが、主人公が警官を叩くっていうシーンなんだよね、ここは実によかった。警官っていうのはどの映画でも体制の象徴として描かれていて、だからこそ警官を何の理由もなく撃ち殺す『勝手にしやがれ』が流行ったりするんだけど(しかも59年の映画だ!)『ヘアスプレー』はそういう暴力的な側面が一切出なくて、愛は素晴しいみたいな事になりかけるんだよね、やっぱりさ、時には暴力で立ち向かわなきゃいけないときがあるじゃない?マルコムXがそうだったようにさ、もちろん暴力はいけない事なんだけど、暴力で立ち向かわなきゃいけないときが絶対にある。『ヘアスプレー』は確かに愛は素晴しいっていう映画なんだけど、そういう部分をほんの少しでも描いてる所が好感持ったね。
しかもその警官ってのが朝鮮戦争の英雄らしくて、それを叩いたって事で主人公はボルチモアの人から非難を受けるんだけど、そういうシーンを入れたのも素晴しいと思った。

とりあえず、オレの意見を言わせてもらえれば…戦争に英雄なんていねぇよ!ただの人殺しだ!バカ!という事である。そんなヤツが体制側に居て、国民から英雄扱いされるのは狂気の沙汰だ!叩くどころかぶっ殺せ!
ネタバレ終了


てなわけで、他にもミュージカルシーンや映像について、書く事は山ほどあるんだけど、それは他の人が書くと思うので、大胆にも割愛させていただくわ。思想的にも娯楽度も満点の『ヘアスプレー』は

カス映画ばっかり観てる時間と金があるなら3回は観ろ!という素晴しい作品だったお(^ω^)

あ、ちなみにいろいろ書きましたが、私は人から差別意識が根絶される事はないと思ってる人間なのであしからず。私自身もどこかで差別してると思うし、差別に対してNOというあなたも心の何処かでは何かしらの差別をしてるはずです。Mr.Childrenの桜井も『1つにならなくていいよ 認め合う事が出来ればさ』って言ってました。でも、無くなる事はないけど、何かしらの意識は持てる。白人が黒人をぶん殴るという話よりも、『ヘアスプレー』の方が十分メッセージ性があったなぁ…