楊天青は二度ベルを鳴らす『菊豆 チュイトウ』

先日、Twitterにてメーカーのアカウントが『菊豆』をBD化したくてしたんだけど、全然売れてない!みたいなことをツイートしていて、それがRTで回ってきた。

そこで今更ながら『菊豆』がBD化していたことを知ったのだが、ぼくは当時そこそこ高かった『菊豆』をDVDで所有してるくらい好きで、チャン・イーモウの最高傑作だと思っている。『紅いコーリャン』でデビューしてからというもの彼は世界でも敵なしくらいのレヴェルで作品を撮り続けていたが、ツイートにもあるように才能が枯渇してるんじゃないだろうか?とぼくも思っていて、大ファンであったにも関わらず、彼から離れていたのは事実だ。

このツイートを見てから「どれ、そのうち久しぶりに『菊豆』でも観てみようかね」となんとなく思った数日後、仕事帰りに立ち寄ったブックオフにて『菊豆』のBDを発見!!3000円とちょっと迷ったが、これも何かの運命と購入。その夜、嬉々としてその報告をツイートしたら、恐らく検索で引っかかったのか「ぬー」という一言と共にメーカーのアカウントに引用リツイートされてしまった。中古で買ってしまってもうしわけ。ただ、ぼくがツイートしたことで思わず買ってしまいましたって人がひとりいましたのでお許しくだされ。
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さて、その『菊豆』のBDだが、ホントに驚くほど画質がキレイで、メーカーが売れなかったことを嘆くのもわかるくらいだった。鮮明になったことでチャン・イーモウとヤン・フォンリャンの映像美学がより明確になり、セットも作りこまれているのがよーくわかる。なによりもコン・リーが全身傷だらけの姿を見せるシーンなんかは興奮度が高まった。スタンダードサイズだし、特典はないに等しく、音声が良くなったわけでもないので、ホームシアターを組んでる人にはアレだが、ファンなら買っておいてもいいと思えるくらいの商品であることは間違いないなと思った。実際買ってよかった。

で、久しぶりに『菊豆』を観たんだけど、これがやっぱりとんでもない作品で、いまなお古びないし、やっぱりチャン・イーモウの最高傑作だなとその想いを強くした(先ほど書いたように共作だけど)。

「禁断の愛を描いた官能的なドラマ」みたいな紹介をされているが、完全なノワールであり、設定はジェームズ・M・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を彷彿とさせる。原作者が影響を受けているのかどうかというのはわからないが、雇用主の妻と不倫関係になったことで地獄の果てまで堕ちていくというのはM・ケインの影響で作られたコーエン兄弟の『ブラッド・シンプル』とも似ており、後年チャン・イーモウがリメイクしたのもなんとなく頷ける話なのであった。

しかし『菊豆』は大きくそれらとは違っている。

まず不倫関係になる妻が夫からDVをうけているということ。大概の不倫ドラマは自分勝手な行動で人様に迷惑をかけていて、それでも愛を貫き通すというのが多いのだが『菊豆』では、不倫する妻にそれなりの理由があるのである種共感できる作りになっている。むしろノワールであればその夫を裏切って不倫するのではなく殺害するという方向に発展していくのがセオリーであるが(『OUT』とか『容疑者Xの献身』とか『ナオミとカナコ』とか)、そうならないあたりも他とはちょっと違うところといえる。

さらにこのふたりは妻と不倫相手の男が叔母と甥という関係というのも特徴で(血はつながってない)、ある意味禁断の恋であるということ。不倫だけでも世間からつまはじきにされかねないが、それが親戚同士であるならば、なおさら関係を隠し通さなければならない。しかも舞台は中国の集落であり、噂は音速で広まってしまうので、普通の不倫ドラマよりもスリリングになる。

まぁあらすじを検索すればすべてが出てしまうのだが、そこから昼ドラ的といわれるようなドロドロとした展開が待っていて、先ほども書いたようにこの映画ではいわゆる殺人というのは最後まで起きない。それが起きたとき物語は終わりを迎えるが、この辺は是非本編を観ていただきたいところである。

これらのドス黒い内容をほとんど直接的に描かないのもすさまじく、改めて観て「ここまで描いてなかったのか!」と驚いたくらいだったが、それこそ『スカーフェイス』のチェーンソーや『レザボア・ドッグス』の耳切りみたいなもんで、勝手に脳内で補完していたということになる。染物屋を舞台にしたことで原色飛び交う圧倒的な色彩美をメタファーとして使っているのも素晴らしく、二度染物が水のなかに落ちるのだが、それを生と死の表現に使うあたりもうまい。

と、良いところを言い出したら枚挙にいとまがないくらいのクラシック。BDで観ることにより評価が上がる映画というのはいくつかあったが、この『菊豆』もそのひとつで完全にオールタイムベスト入り確定した。逆にこれで『紅いコーリャン』や『紅夢』をまた観たくなってしまった……

菊豆 [Blu-ray]

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くりごはんが嫌いな男が選ぶ「映画映画ベストテン」

ここ三年くらい映画から離れ、さらにはブログもほぼ放置状態だったので、ワッシュさんの毎年恒例のベストテン企画も二年間参加しませんでした(オールタイムベストテン2017は結果発表のときに記事にする始末)。

映画映画ベストテン - 男の魂に火をつけろ!

というか、仕事がいそがしすぎて……気づいたら「あ、やってる」みたいな感じでした……もうしわけ。

しかし、超ホワイト企業に入社し、さらにはやりたかったこともほぼほぼ出来たので(主に友達との飲みとゲーム)、そろそろブログも復活させます。その狼煙として今年は参加したいと思い記事にしました。

今回は「映画の世界を映画で描く/表現する映画」ということで早速行きます。

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1.グラインドハウス(07年、ロバート・ロドリゲスクエンティン・タランティーノ)
2.ザ・プレイヤー(92年、ロバート・アルトマン)
3.ミッドナイトクロス(81年、ブライアン・デ・パルマ)
4.孤独な場所で(50年、ニコラス・レイ)
5.サンセット大通り(50年、ビリー・ワイルダー)
6.カイロの紫のバラ(85年、ウディ・アレン)
7.ラムの大通り(71年、ロベール・アンリコ)
8.夢翔る人/色情男女(96年、イー・トンシン)
9.映画に愛をこめて アメリカの夜(73年、フランソワ・トリュフォー)
10.千年女優(01年、今敏)



「映画の世界を舞台にした映画ってそんなにあるか?」と思いながらも、わりとサクサク出てきて、ワッシュさんがあげてる以外でも『雨に唄えば』とか超名作だと思うし、ウディ・アレンでいえば『スターダスト・メモリー』もそうだし『バートン・フィンク』や『マルホランド・ドライブ』など、オールタイムベストクラスの作品もあるけど、その大元に君臨する作品をいれてしまうと、そのフォロワーは入れにくいってのがあって泣く泣く除外。とはいえ、これ「映画を描いた映画」という縛りじゃなくてもオールタイムベストテンとしても成立するくらい大好きな映画が並んだのは意外だった。

1.は「グラインドハウス」というある種の映画の上映形態をそのまんま映画で表現するという、ちょっと世界的に類を見ない革命的な作品だと思う。ただ、日本ではこの形態でほとんど上映されてないのが残念。

2.はハリウッドを干されたアルトマンの逆襲。奇妙な体験をした映画プロデューサーが企画にGOサインを出すのが……というとんでもない大オチに腰が抜けるくらい驚いた。これをきっかけに映画が好きになったという意味でも思い出の作品。

3.は映画の録音技師がたまたま録音した音が、国家を揺るがす重要な証拠だった……というサスペンス。デ・パルマのなかでもトップクラスのおもしろさで、映画の編集方法を使って、トリックを暴き出すとか、ラストのアレとか、映画のスタッフならではの工夫もチラホラ。

4.はある小説を脚色することになった脚本家の話。サイコパスの一人称からファムファタールの視点へ移動し、ノワールを知ってる人ほど裏をかかれる作品。アメリカではカルト作として有名。

5.これはベタ中のベタだが、いまは落ち目の大女優と新進気鋭の脚本家がおりなすノワール。ハリウッドの内幕を暴きだすバックステージモノとしてもおすすめ。

6.は映画を観ることしか楽しみがない女性が何度も何度も同じ映画を観にいくと「あれ?キミ、この映画なんども観てるよね?」とスクリーンのスターが話しかけてくるというファンタジー。しかし、監督がウディ・アレンなので、ひとひねりもふたひねりもある。

7.はスクリーンのなかではなく、スクリーンで演じてる映画スターに惚れた男が現実でそのスターと出会うというお話。夢物語に見せかけつつ、ビターなテイスト。『ノッティングヒルの恋人』の監督はこれを100回観直すべし。

8.はウォン・カーウァイのようなアート系の映画を撮る監督がヒットに恵まれず、紆余曲折あってポルノを撮らなければいけなくなるという話。あまり観られてないが傑作で『ブギーナイツ』よりも早く公開されているのがポイント。まだソフトコアポルノ女優であったスー・チーがそのキャリアを活かして激しい濡れ場を見せブレイクのキッカケになったことでも有名。

9.もベタ中のベタであるが、実はトリュフォーのなかで一番好きでこの10本のなかでは映画愛に一番溢れてる映画なんじゃないかと思う。

10.元ネタは『幻の湖』だと思ってるんだけど、平成が終わると決まってから昭和のスターが次々と亡くなり、平成が終わると同時に昭和も終わるということで、まだご存命のうちにいろいろ聞いたほうがいいんじゃないかなとこの映画を観ると思う。

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100円の女を全身全霊で演じる『百円の恋』

『百円の恋』をAmazonプライムで鑑賞。
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一度も就職することなく、怠惰な生活を続けて32歳になってしまった一子。妹とのケンカをきっかけに家を出て、100円ショップでバイトをはじめる。深夜労働なのでわりとヒマな日々をすごし“バナナマン”と呼ばれていたボクサーの常連と恋仲になるが、その一方でキモい同僚にはレイプされ、店長にはイビられ、あげくその“バナナマン”にあっさり捨てられてしまう。その鬱屈した行き場のない悲しみや憎しみをぶつけるがごとく、彼女は思わず“バナナマン”がかつていたボクシングジムへ入会するのだが……というのがなんとなくのあらすじ。

冒頭、安藤サクラのだらけきった身体が大写しになるが、この段階で傑作を確信。猫背気味の歩き方や目つきの悪さ、ボソボソと何を言ってるか聞き取れないレヴェルの喋り方など、誰がどう見ても社会不適合者にしか見えない彼女がボクシングと出会ったことですべてが変わっていく様を肉体の変化と共に演じきり、アカデミー最優秀主演女優賞を受賞するはこびとなった。

監督は工藤栄一崔洋一井筒和幸の助監督を勤めていた武正晴。この個性的な三監督のイズムを見事に継承し、わりと地味目な脚本を、ちゃんと地味に演出しており、いわゆる舞台的な演技はなく、基本的に登場人物たちは日常で話すくらいのトーンと間で話し、意識的に無言な部分も取り入れてリアリズムを追及。セックスシーンもあるが、これを信じられないほどにエロくなく、ただの行為として描いていくほどの徹底さ。全体的にワンカットが長めで、地味なシーンにも適度な緊張感をもたらす。

中盤、カットはパパッと短めになり、ブルージーな音楽にのせた『ロッキー』ばりのトレーニングシーンを用意し、安藤サクラのかっこよさを援護射撃。試合シーンになると『レイジング・ブル』を意識したようなスローモーションや長回しも取り込むなど、オールドファンへの目配せも忘れない。

“なんとなくのあらすじ”と書いたように徹底して説明が省かれており、極端なクローズアップがないのも良い。故に観客の意識が入り込む余白があり、不思議な余韻を残してくれる。確かに派手さはないものの、このようにたたき上げの監督の作品は妙な落ち着きと安定感があり、ちゃんと“映画”を観ている気にさせられるのはテクニックがあるからだろう。他にも移動撮影やら新井浩文の演技、クリープハイプの主題歌に撮影、編集など良いところをあげたら枚挙にいとまがない。

百円の恋 特別限定版 [Blu-ray]

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剛、走る『日本で一番悪い奴ら』

『日本で一番悪い奴ら』をAmazonプライムにて鑑賞。
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戦後の殺人事件のなかで最も“凶悪”と言われた事件を映画化した白石和彌監督が次に選んだのは日本警察史上最大の不祥事といわれた「稲葉事件」の映画化でその名も『日本で一番悪い奴ら』。非常に良いタイトルなのだが、実際日本で一番悪い奴らはあの『凶悪』の一味なのではないかという気もする。

誰がどう見てもクソ真面目で柔道一直線だった童貞が、その真面目さ故に悪い先輩の言葉を真に受けて、そのまんま悪の道へと突っ走り地獄の底まで堕ちていくというノワール

まるで今村昌平が撮ったかのようなどっしりしたエクストリームな犯罪劇から一転、今作ではとてつもなくアッパーでハイなテンポで進む。和製『グッドフェローズ』と評されているようだが、ぼくは悪徳刑事がやりたい放題暴れまくるという意味で、崔洋一監督の『犬、走る』を彷彿とさせた。元々『犬、走る』は松田優作が企画した作品だったが、独自の狂気を宿した岸谷五朗に比べ、綾野剛はその松田優作を憑位させたかのような演技メソッドでとてつもない頂へ登り詰めたと言っていいだろう。『ロング・グッドバイ』でのテリー・レノックスの演技も素晴らしかったが、それ以来の好演であり、それこそ彼の演技だけでもずーっと観ていられるレヴェル。

『凶悪』でもかなり踏み込んだ演出をしていたが、その評判でさらに好きなことができるようになったのか、表現が格段にブラッシュアップ。品性下劣しかないような2時間15分であり、犯人を追ってるときにシートベルトをつけようとした主人公に「シートベルトして犯人を追う刑事がいるかよ!」とあえて言わせるなどコンプライアンスに中指追っ立てるシーンが連発され、セクハラや喫煙、もよおしファック、シャブ打ちなど、これぞ映画だ!と言いたくなること必至。むしろ小気味良い。

このご時世にこんな映画が観れるなんて驚いたというのが素直な感想だが、さらに白石監督はこの後『凶悪』のコンビで「佐世保小6女児同級生殺害事件」を下敷きにした『サニー/32』と『県警対組織暴力』のオマージュである『孤狼の血』を撮ることになる……うーむ、早く観たい……

北海道警察 日本で一番悪い奴ら (だいわ文庫)

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たたきあげの監督の映画はおもしろい『凶悪』

『凶悪』をAmazonプライムにて鑑賞。
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「女子高生コンクリート詰め殺人事件」や「埼玉県愛犬家連続殺人事件」、「北九州監禁殺人事件」、「東大阪集団暴行殺人事件」(いずれも映画化)など戦後犯罪史において胸くそ悪い殺人事件は山ほどあるなか、その事件をまとめたノンフィクションのタイトルが『凶悪』と付けられるくらいの陰惨な「茨城上申書殺人事件」をベースに映画化。その原作は積ん読状態なのだが、たまさか「奇跡体験アンビリーバボー」の特集を観ており、事件の概要などは知っている状態で観た。

映画は死刑囚の告発からはじまる。ネタになればとなんとなしに話を聞きにいった記者のジャーナリズム魂に火が付いたのか、彼は上司の制止を振り切って、徹底的に事件を調べあげていく。中盤、エクストリームな表現を交えながら当事者の視点で事件を描き、後半は彼らが逮捕される経緯とことの顛末が描かれるという三部構成。

監督の白石和彌若松孝二に師事していたということもあって、バイオレンス、エロ、ジャーナリズム精神を継承しつつ、ベテラン監督のような落ち着きがある。特に特撮畑からいきなり監督になった山崎某とか、カメラマンで名を馳せMVで評価されただけで調子こいて監督になった紀里谷なにがしとか、国民的アニメ監督の息子ってだけで劇場長編アニメを演出した駿ジュニアなどが目立ってきたため、改めて現場のたたきあげの監督のうまさみたいなものに感動を覚えた。

この映画の前に「埼玉県愛犬家連続殺人事件」をベースに映像化した『冷たい熱帯魚』が公開されており、それを意識したような部分も散見される。特にピエール瀧が演じた死刑囚の演技はそれこそ『冷たい熱帯魚』におけるでんでんクラスであり、これをキャスティングした時点で勝利は見えていたと言っていい。「先生」と呼ばれて親しまれているカリスマ犯罪者リリー・フランキーに抑えに抑えた演技の山田孝之と役者のアンサンブルはずば抜けていて、ここだけでも複数の鑑賞に耐えうる出来。

さらにこの映画は善と悪は表裏一体であり、ジャーナリズムという正義もときとして悪になるという明確な答えがちゃんとあり、その辺、是枝監督あたりにも見習ってほしいと思った。

というわけで、これ一本だけで白石監督のファンになってしまい、続けて『日本で一番悪い奴ら』も観たのだが、それはまた別の話。

凶悪 スペシャル・プライス [DVD]

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凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)

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