鉄コン筋クリート


映画版『鉄コン筋クリート』は有名な原作を映画化するという意味では大成功だった。特に後半40分は泣きっぱなしだった。これは日本中でも私だけなのではないか?というくらい泣いた。もちろん作品の泣かせどころにやられたのだが、これだけの物を作り上げた監督の想い、スタッフの想いが映像に溢れていて、みんな『鉄コン筋クリート』というマンガを心から愛しているというのが、伝わって来て泣いた。1時間51分。ワンカットの作り込みがハンパじゃなく。あの原作が動いているというだけでも感動するのに、さらにそこから一歩進んだのは、そこに愛情があったからだと確信している。

原作を書いてる松本大洋は大好きな漫画家の1人で、中でも『鉄コン筋クリート』は最高傑作。人間に潜んでいるすべての感情、特にダークサイドとも言うべき、目を背けたくなるような部分をさらけだしたマンガで、誰しもが持ってる想いや感情を的確に文と絵で表している。それ故に一本芯が無いようにも感じるが、言葉に出来ないモヤモヤをポエムにし、ため息を吐くようにそれを書いているから、とても言葉に説得力があり、多面体な魅力を持ってるとも言える。

これを読んでしまうと他のマンガがほんとに薄っぺらく感じてしまうのだが、原作のファンである私が一番気になった点は空を飛ぶシーンの描写はどうするのか?である。シロとクロは空を飛ぶ力を持っている。STUDIO4℃の映像がおもしろいのは『マインドゲーム』で分かってた事だが、原作でも1番肝だった部分なので、アニメで表現するならば、原作を越えてほしいという想いがある。そして、もう1つ、バイオレンス描写をどうするのか?という事だ。これまた原作で一番肝だった部分。激しいバイオレンス描写(耳を喰いちぎる等の)を果たしてやれるのか?凶暴な部分をしっかり描かないと、それと反対のシロの優しさが活きてこない。この2つが原作を越えてれば、まず作品として間違いないだろうと思った。

まず飛行シーンは原作を越えてる。原作を越えてるというか、原作のカット割りを再現しつつ、監督の新たな演出が重なり、迫力と気持ち良さは満点だ。“飛ぶ”のではなく“跳んでる”という方が正しいのだろうが。アニメならではの表現とCGがなければ完成出来なかった飛行シーンは素晴しい。

そしてバイオレンスであるが、これはケンカシーンが削られているために、もうちょっとやって欲しかったというのがある。もっと生々しく、痛みを感じさせる様なものにして欲しかった。アニメならば限界はあるのだろうが、松本大洋の絵を完璧に動かしているので、痛みや凶暴でしか生きられないという部分をもっと掘り下げて欲しかったというのはある。

STUDIO4℃の『マインドゲーム』はこの作品のためにあったのではないか?というくらい、似ている部分がある。映像の動かし方や個性的な絵をCGとの合体で動かすという点なのだが、特に個性的な絵と背景を違和感無く合成させたのは見事だ。素人目に見ても合成技術はレベルアップしている。3DCGと2Dが違和感無く合成されたのは、多分この作品が最初。アニメというのは何でもやれると思われがちだが、技術的な制約がかなりあり、実写では簡単に出来る事が、アニメで出来ないというのが多々ある。だが3Dというツールが出来てから、アニメでやれない事はなくなっていて、段々と技術も向上してきたのだが、その頂点が『鉄コン筋クリート』になるんじゃないだろうか。

その技術をフルに使った、宝町のエスタブリッシュメントショットは完璧。街が魅力的に描かれているので、これならば、シーンをどうやって演出しても間違いないはず。カメラはぶん回し放題で、アクションシーンも古典的な演出と新しい演出が合体している。『鉄コン筋クリート』という個性的な絵を“動かす”だけでもすごいが、街の描き込みは原作以上。ごちゃごちゃしていて、アートだが、街として活きてる。イキイキとしているのである。

俳優で固められた個性的なキャストだが、なんと言っても蒼井優のシロである。彼女はホントに演技力が格段にあがった。声だけの演技なのだが、完全に声優以上の演技力。完全にシロだった。誰が見ても明らかだ。ホントにいちいち喋るだけで泣ける。イノセントを象徴するかのようなキャラにピッタリの口調と喋り方だ。原作をかなり読み込んだのではないだろうか。あまりにうまかったので、クロ役の二宮和也と木村役の伊勢谷友介がちょい浮いてたくらいだ。他で言うと、沢田の宮藤官九郎と蛇の本木雅弘も素晴しかった。役者だけで固めたのは好きではないが、納得のキャスティングだった。

原作のカット割りなどを再現したのも嬉しいのだが、なんと言ってもあれを構成しなおした脚色が素晴しく。原作の魅力をそのまま伝える事に成功している。変化というのは重要なキーワードだが、これを全面に押し出した事が、ラストのカタルシスにも繋がって行ったのではないかと思うほどだ。

個人的に音楽をもっとロック寄りにして欲しかったというのはある。主題歌はアジカンなのだから、彼らに音楽をさせても面白かっただろう。主題歌の「或る街の群青」はこの映画のために生まれた楽曲だが、完全に作品に合っている。歌詞の世界観もそのまま『鉄コン筋クリート』を想定して書かれたものだ。アジカンの曲をそのまま使ってるのとはわけが違う。

松本大洋原作の映画はどれも今ひとつだったが、これは原作のファンでも納得のいく仕上がり。個人的にはあの伝説的な原作を越えてるんじゃないかと思ったほど。ここ最近の邦画は勢いがよく。良い作品もたくさん生まれているが、そんな中でも飛び切り勢いの良い作品。傑作だ。