実は『アフタースクール』に堺雅人はあんまり出てない

どうも『ゴールデンスランバー』を観てから、『ゴールデンスランバー』に取り憑かれてしまった。原作も読み始めてしまい、さらにサントラを買おうかどうしようか迷ってるくらいだ。一体何だというんだ、まったく。ちなみに原作はあと3分の1くらい。あっという間に読み終わるぞ、この本。伊坂幸太郎というか『ゴールデンスランバー』の感想は読み終わってからということで。

それで、堺雅人を知ることになった『アフタースクール』をもう一度観ようと思ってDVD借りたのだが、『アフタースクール』の監督のデビュー作をいろんな人から観た方がいいと言われたのを思い出して、それもレンタル。今日は休みなのだが、新潟は猛吹雪で外に出る気がしない。家全体が冷蔵庫以上にひんやりしている。廊下にビールを置いただけでキンキンに冷えそうだ。

昼からポップコーンを手作りして、食べながら『運命じゃない人』鑑賞。

『アフタースクール』が『スナッチ』だとすれば、『運命じゃない人』は内田けんじにとっての『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』だろう。才気溢れる脚本と役者のアンサンブル、ウエルメイドな演出と映画を盛り上げる為に存在する音楽など、ほぼ完璧。

ぶっちゃけ、何の情報もなく観たので、最初は冴えない男の恋愛劇かと思って、「やばいものを観てしまったなぁ…」とぐったりしてたのだが、それがぜーんぶ前フリになっており、観る者をどんどん裏切って行くような展開と内容には驚かされる。

運命じゃない人』もタランティーノよろしく、時間軸や視点がバシバシ入れ替わっていくのだが、これに意味がちゃんとあるのが他と違うところ。正直、エンジンがかかるまで若干遅い気もするが、最初のシーンだけ耐えれば、あとは監督のマジックに身を任せていい。

運命じゃない人』に出て来る、探偵、ヤクザ、携帯、異常とも思える良い人、大金というコマはちゃんと『アフタースクール』にも登場するので、どちらかを観ておもしろいと思えば、どっちも観て間違いない。

個人的には大谷健太郎の『アベック モン マリ』を観た時と同じような衝撃と感覚。まさに新たな日本映画の才能と呼ぶに相応しい快作だった。ただ、この路線を続けて行くと、それこそガイ・リッチーみたいになってしまうんじゃないかと心配してしまうのは、ぼくだけなのだろうか。

さらに『アフタースクール』も鑑賞したのだが、『アフタースクール』は二度目の方がおもしろく観れるかもしれない。『運命じゃない人』は、「この時、実はこんなことが起きてたんだなぁ」というおもしろさが、観てる側から分かるが、『アフタースクール』は、映像自体がダマしにかかってるので、二度目はまったく違う映画に映るというおもしろさがある。あと、DVDのコメンタリーがおもしろかった。監督の大泉洋のいじり方が実にうまい。大泉洋は映画同様、ああいう風に扱われた方がいいのではないだろうか。

ちなみに観終わってから思ったが、『アフタースクール』って、そんなに堺雅人出てなかったんだよな、それでもあれだけ印象に残るというのがすごい。あういぇ。

運命じゃない人 [DVD]

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アフタースクール [DVD]

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