魅惑の納豆コーヒーゼリーサンド『グランド・マスター』

『グランド・マスター』鑑賞。

ウォン・カーウァイがイップ・マンを題材にしたカンフー映画を撮っていると聞いたのはそれこそ日本で『イップ・マン』が公開された時期だったと勝手に記憶しているが(ぼくがニュースとして見たのはそのへんだった気がする……)、そのニュースを目にした瞬間、おもしろそうと思う一方でその出来を懸念してしまった。いや、むしろ後者の感情のほうが強かったといっていいだろう。

なぜかというと彼は一度、『楽園の瑕』というこの手のアクション映画に手を出して大失敗しているからである。

ツイ・ハークの『天地黎明』が大ヒットしたこともあって、当時、香港映画界に第二期の武侠映画ブームが巻き起こっていた。それにあやかったのかどうかはさだかではないが、武術指導にサモ・ハン・キンポーを迎え、『欲望の翼』以上のオールスター・キャストでこのジャンルに挑むも資金が尽きるなどして撮影は幾度となく中断。92年の2月にクランクインしたが、なんとクランクアップはその二年後で、あげく編集してる間に彼は『恋する惑星』を製作、撮影、そしてそれを公開までこぎつけたのだから、いかに撮影が難航していたかがよくわかる。

恋する惑星』が公開されてから二ヶ月後、艱難辛苦を乗り越えて無事に完成した『楽園の瑕』はベネチア映画祭に出品され金のオゼッラ賞を受賞するも興行的には大惨敗。制作費の7分の1しか回収できずに終わった。

この『楽園の瑕』は評論家からは絶賛されたらしいが、当時『天地黎明』に夢中だったぼくにとってはちんぷんかんぷんだった。ウォン・カーウァイが撮っているということである程度前衛的なものになると予想はしていたが、その予想を遥かに越えた難解さで、ストーリーはおろか、誰がどこで何をしているのかすらよく分からない状態が延々続いて映画は終わる。アクションシーンはほとんどなく、それ自体もストップモーションで歪むような映像が多用されカタルシスは皆無。今観たらまた評価は変わるかもしれないが、こういう作品を撮ってる以上、今回もその出来を危惧するというのは至極当然の流れであるといえる(しかも撮影に三年もかかっている!)。

さて『グランド・マスター』だが、さすがに『楽園の瑕』の轍を踏むような事態にはなっていなかった。しかし、出来上がったものは異常なほど食べ合わせの悪い、なんと形容していいか分からない映画になっていて、長々と『楽園の瑕』について書いたのも今思えばこの映画はこういう形に収まって正解だったんじゃないかと肯定したくなったからだ。

トニー・レオンのセクシーなモノローグで話が進み、ポエムのような美しいことばでキャラが人生や恋愛についてやりとりをし、コマ送りの映像が多用され、ここぞというときに梅林茂の音楽がかかる……こういったいつものウォン・カーウァイ節にユエン・ウーピンがコレオグラフしたカンフーシーンと『イップ・マン』二部作が加わるとどうなるか?まぁそういったことである。チャン・チェンの役が恐ろしいほど機能しておらず、そこも含めて『欲望の翼』のギャンブラーか!と言いたくなるほど集大成的な要素もある。ただ、その二つが異常なほど乖離しているのだ。それは水と油というよりはコーヒー・ゼリーに納豆といった具合で単品としてはうまいんだけど、合わせるとそれはそれでどうなの……という感じ。しかし、それをまずいと切り捨てることができず……と咀嚼して嚥下するまでかなりの時間を要している(なんといっても納豆コーヒーゼリーサンドが話題になってるそんな時代だ)。

『2046』や『花様年華』がそうだったように使うはずだった素材がたくさんあったのではないかなとエンドクレジット後のカンフーシーンを見て思った。まぁ、ここがとにかくちょーかっこいい!!前者はその取捨選択に失敗していたように思うが、後者は成功し大傑作になった。そのへんが見終わったあとのモヤモヤと直結している。もっとかっこいい映画になったのではないか?と。

そういったわけで、カンフー好きにもウォン・カーウァイ好きにもアピール出来てしまうなんともへんてこりんな映画だが、ややウォン・カーウァイに寄ってるきらいがあるので、そっち方面が好きな人に強くおすすめしたい。さらに『グランド・マスター』公開にあわせて再編集された『楽園の瑕』のBDがツタヤでレンタルされるようなのでこれを機会に見返すつもりだ。未見の人は合わせて是非。

最後に気になったところをいくつか過剰書き。

・スローで水たまりがバシャー!とか雪がふわわーん!とかネジがドーン!とかかっこよかった。

トニー・レオンがすげえかっこよかった。ただ50年代になるととたんに『花様年華』みたいになるが。

・美しい背景でそれぞれの技を競い合うってことで『バーチャファイター3』を思い出した。

・系譜としては『グリーン・デスティニー』や『英雄-HERO-』の流れなのだが、全部にチャン・ツィイーが出ている。

・イップ・マンがなんかイヤなヤツになってた気がした。

・日本軍の日本語がヘン。

・カミソリくんはカミソリを持ってたからカミソリなの?