最高にダークで最高にダウナーな邦画『みな殺しの霊歌』

「気がめいる陰うつな映画」30本 英誌が選出 : 映画ニュース - 映画.com

こないだこんな記事が話題になり、Twitterでも陰うつになる映画についていろいろ意見が出て来たので、今日はぼくがおすすめする陰うつ映画『みな殺しの霊歌』について書こうと思う。

とあるマンションの一室で有閑マダム(今風に言えばセレブ)が犯された後にナイフで惨殺されるという事件が起きる。刑事が事件を追うが、それをあざ笑うかのごとく第二第三の有閑マダム殺人事件が立て続けに起きてしまう。事件を詳しく調べていくと、最初の女が殺されたマンションから少年が飛び降り自殺をしていることが発覚。しかも殺されていた有閑マダムたちは同じ高校の出身で、少年が飛び降りる前日にそのマンションに集まっていたことが分かるのだ。そんな中、捜査線上に一人の男が浮かび上がってくる。その男は少年が働いていたクリーニング屋の同僚。彼はあと一年で時効が成立する指名手配犯だった……というのがあらすじ的なものである。

なぜ「あらすじ的なもの」と書いたかというと、この作品はタランティーノよろしく時間軸がまっすぐに進んでいかず、ひとつの事件を通して、一見なんの共通点もなかった女たちと少年が関係者の証言から浮かびあがっていき、そこに一人の男が絡んでいくというのが徐々に明らかになっていくという複雑な展開を見せるからで、どういう風に説明すれば「あらすじ」となるのか分からなかったからである。事件と平行して描かれて行くのは時効成立間近の男と、食堂で働く女のラブストーリー。そして各キャラクターの過去だ。

その複雑な展開を構成したのは山田洋次だと言われているが、それに負けないほどの映像表現も飛び抜けて素晴らしい。

冒頭の畳み掛けるカット割りに息を飲み、とてもシャープなタイトルバック、ローアングルで捉えられた陰影の付いた一枚絵の美しさ、そして大胆な編集やパンフォーカスなどの映像テクニックなど、どれもこれもが驚嘆に値するもので、90分の間に繰り広げられる濃厚な映像遊園地は観る者の心を掴んで離さないこと必至。

もちろん映画として素晴らしい作品だが、描写も抜かりない。特に冒頭いきなり飛び込んで来る殺人シーン。裸の女を縛り付け、シャワーをぶっかけられ、その後で散々殴りつけて、犯し、そしてナイフでめった刺しにする………こうやって書くとかなり陰惨。ところが映像的には美しく、かっこよく描かれるために、映画を観ながら様々な感情に揺れ動かされ引き裂かれそうになるのだ。そしてそこに「どんな状況であっても殺人は正当化出来ないのか?」という重厚なテーマが覆いかぶさってくるのである。そりゃ気分も落ち込むわ。

というわけで、複雑な展開と驚異の映像美と重厚なテーマで観る者をノックアウトにする『みな殺しの霊歌』。個人的には『サイコ』と『市民ケーン』以上のインパクト。DVDは発売されておらず、VHSでしか観られないが、レンタル屋などで発見したら是が非でも観ていただきたい一品だ。おすすめ!あういぇ。

みな殺しの霊歌 [VHS]

みな殺しの霊歌 [VHS]