『キャビン』のその先へ『フッテージ』

フッテージ』鑑賞。

実際の凶悪殺人事件を元にしたフィクション・ノベルが大ベストセラーとなり、一躍時の人となった作家が主人公。しかし、彼ははやい段階で最高傑作にたどり着いてしまい、その後10年間はヒット作に恵まれなかった。家のローンが払えず、しかたなく格安物件に引っ越すのだが、その物件とはこれから彼が書こうとしている「一家4人が首つりで殺された事件」が起きた家。仕事の内容を家族にも一切明かさない彼は地元の警察ににらまれながらも(警察の無能さを作品で表現しているため、堅物な保安官などから嫌われている)、その事件を調べはじめるが……というのがまぁざっとしたあらすじ。

予測のつかないような展開を見せ始める映画なので、あらすじを書くのが非常に難しいのだが、まずこの設定がかなりおもしろい。『ドラゴン・タトゥーの女』よろしく、MaciPhoneとネットを駆使して事件を調べつくすプロセスが楽しく、これからこの手の作品はこういうのがひとつのスタイルになるんだろうと感じた。

映画の内容にしてもそうで、どの程度監督が意識したのは不明だが、この作品は『キャビン』でバラバラに壊されたホラー映画の定義を拾い集め、また組み直して新たなものとして提示したようなものになっていた。


ここからはストーリーに直接関係ないけど、映画を定義付けるようなことを書くので、人によってはネタバレっぽくとられるかもしれません。


ハッキリ言うと『フッテージ』は過去に観てきたホラー映画の集合体であり、ひとつのジャンルの視点を変えることにより、別な映画として昇華させた傑作だと言っていい。例えるなら『エルム街の悪夢』や『スクリーム』のような事件が実際に起き、それを被害者ではなく、捜査する側の視点に変えて、ミステリーっぽく仕上げているのである。

しかし、後半にいくにつれ、本格派ホラーとしての風格も漂う。とりこまれたのは『シャイニング(冒頭のカメラワークはモロ)』 『オーメン(オカルト的ななにがし)』 『ハロウィン』 『13日の金曜日』 『エルム街の悪夢(いわゆる殺人鬼としてのアイコン)』 『エクソシスト(悪魔がのりうつる)』 『リング(映像の中からなにがしとか)』 『呪怨(顔の白い子供)』 『8mm(文字通りフッテージに何かが……)』など、新旧問わず往年のクラシックから最新ホラーまで無遠慮にぶち込まれている。ぼくはホラー新規だが、好事家なら、ここのあそこはアレだよねというのが他にも見つけられそうだ。

終わったとまでは言わないが、それこそホラー映画は『キャビン』以降、新たなステージへ向っているのかもしれない。確かにいきおいだけで「ん?」って思う個所もあるし、すべてを説明せずに終わるので、やや肩すかしを喰らうかもしれないが、これが布石となってどんどんこの手の映画が作られるんじゃないか……そんなことを予感させるジャンルレス・サンプリング・ホラームービーであった。好き者は是非劇場へ。かなりおすすめだ。