動くバンドデシネ『イリュージョニスト』
メビウスという人の名前を知ったのは、ずいぶん前のことだ。
大友克洋の作品にハマっていたときにその名前をなんとなく見たと思う。「大友克洋の綿密な描き込みと日本の漫画界になかった構図の取り方はメビウスから影響を受けたものだ」とかなんとかいうのを見て、そこから「メビウスって誰なんだろう」程度には気になっていた。
さらにその後『ブレードランナー』や『フィフス・エレメント』のビジュアルにも影響を与えたとか、宮崎駿も影響を受けたとか、そういう噂もちらほらと耳に入り、そこから「メビウス」という名前がぼくの中で一人歩きし始めた。
時は流れ、ある日、ネットで何気なく「メビウス」と検索して、とある画像に辿りついた。普通にコミックの一コマだけを切り取ったものだが、それを見た瞬間に度肝抜かれた。その一コマだけで大友克洋や『ブレードランナー』に影響を与えたというのが充分過ぎるほど分かった。それほどまでに完成度が高く、とてつもない説得力を持っていたのだ。
この構図と描き込み!表紙になるほどのインパクトとデザイン性!かっちょええ!
このコマが書かれたバンドデシネ*1の『アンカル』を手にするのはそこからさらに数年後になるわけなのだが、これほどまでに描き込まれたコマ/絵であれば、物語の文脈など関係なく、まず、この絵だけを見続けてるだけでも楽しい。そしてそれがずっと続けばどれほどの多幸感だろうか――――『イリュージョニスト』はまさにそれを体現した映画であった。
綿密に描き込まれた絵はすべてミドルショットで、背景やディテールをしっかり見せるということだけに突出しており、カメラが動くのは片手で数えられる程度で、それも主人公の心情がガラッと動き出した時だけ。
描き込まれたコミックのコマをひとつひとつなめ回すように見るという意味では『300』や『ウォッチメン』とも通じるが、ページをめくるようにスローモーションを使ったザック・スナイダーとは違い、こちらは基本的にコミックのコマをひとつひとつじっくり眺めていくという手法を取り入れた。それ故、映画としては極めて実験的な要素を含んでいるが、かえって、それが映画的なカタルシスを生んでいるというのも事実で、80分の間、動くバンドデシネを見るという意味では1800円払う価値は充分にある。
脚本はジャック・タチの遺稿ということもあってか、手品師が時代に取り残されていき、そこに娘のようにかわいがってる女の子との切ない交流がからんでくるということで、チャップリンの『ライムライト』にも似てる物語だ。
恐らく、これが超絶な絵だけが続いて行くだけのものであったら、ここまで詩情豊かな作品にはなっていないし、単純に飽きてくる。極端にセリフを削り、あえて、ミドル/ロングショットだけを使って、主人公たちの揺れ動く感情を表現し、それが超絶に描き込まれた絵と重なることでここまでの作品に昇華したものだと思われる。つまり説明不足な部分/言葉に出来ない感情をすべて絵がカバーしているのだ。
説明的なセリフがないので、『三丁目の夕日』などを繰り返し観てる方にとっては意味不明な感じに終わるだろうが、本来映画というのはこういうものだった。観終わった後にあれってどういうことだったんだろうね?と観客に考えさせ、それを様々な人と話し合うことで個人の物になっていくのだ。
『イリュージョニスト』はテレビ屋映画が蔓延る今の映画界にとって最重要な作品である。本来映画が持っていた情感や詩情といったものが80分の中にギチギチに詰め込まれていて、映画というのは何か?というのを若い世代に分かりやすく伝える最良のコンテンツだ。
ちょーミラクル大傑作。あういぇ。
- 作者: アレハンドロ・ホドロフスキー,メビウス
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