「けんかえれじい」的なジャンル映画の再構築『柔道龍虎房』

『柔道龍虎房』をDVDで鑑賞。ジョニー・トー監督作。

伝説の柔道選手とうたわれた男が酒とバクチにおぼれ、バーのやとわれ店長に堕ちてしまった。常に酒を飲んで、真っすぐ立てないアル中に成り下がってしまったが、彼に勝負を挑む柔道家と、TVに出て金を稼ぎたい!という女が彼のバーに「働かせてください」とやってくる……というのがあらすじ。

黒澤明に捧ぐ」という言葉が出て来るように『姿三四郎』のストレートなオマージュが散見されるが、フランス映画でいうところの「FIN」にあたる「劇終」という文字を使わずに、あえて「終」で映画が終わったり、鈴木清順の『けんかえれじい』よろしく、柔道が強いことがすべての価値観において上という世界や『姿三四郎』のテーマソングを歌い、その歌にのせて戦うなど、その奇怪な設定や映画の内容も含めて、作品はにっかつ映画さながらの雰囲気。

とは言っても、さすがジョニー・トーで、静と動の使い分けや、セリフだけに頼らない感情の揺らぎ、長回しの多用、あえて暗さを強調した画作りなど、独自の美学は映画全体に貫かれる。特に中盤。効果音がシャットアウトされたなか、姿三四郎のテーマソングにのせて、スローモーションで大勢が同時に投げ合いをするというシーンが素晴らしく、『エグザイル/絆』でのカーテンが舞う中での撃ち合いや『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』での竹林での撃ち合い、『スリ』での雨の中でのスリ対決に匹敵する美しさを見せてくれる。



画像は『エグザイル/絆』より、栃木のスコピルいわく「いくらなんでもやりすぎ」なカーテンがひらひら舞う中での銃撃シーン。鈴木清順のごとく貫かれる様式美。


『PTU』のように夜の映像がメインだが、ロングショットで捉えながらも、シャープな切り込みではなく、むしろ温かみがあり、エモーショナルなシーンをコラージュすることにより、ストーリーとは関係なく観てるこちらの涙を誘う。ハッキリ言って映画自体はさして特別な盛り上がりもなく、明確なプロットもない。基本的には男同士がじゃれ合い、女がそこにいるだけである。いわゆる男ふたりと女ひとりものなのだが、途中で差し込まれるモダンでジャージーな音楽もあいまって、バラバラのシークエンスから映画を構築するというあたり、にっかつだけでなく、フランス映画のムードも醸し出している。

メインとなる柔道のバトルは手数も多く、どちらかというと香港のカンフー映画というジャンル映画の再構築のようにも思えた。香港では小林旭のにっかつ映画や『座頭市』がものすごいヒットを飛ばしたと言われている。彼らのアクションから武侠カンフー映画に移行した歴史を踏まえ、ジョニー・トーもにっかつ映画を換骨奪胎したことにより、あえて香港映画への原点回帰やジャンルの詩的な再構築を狙ったのではないだろうか。

とまぁ、理屈をこねくりまわして書いたが、実際はとてつもなく狂った変な映画である。もし何も知らない人にこれをいきなり見せたら、「なんじゃこりゃこりゃ」と言うだろう。バランスは悪いし、形としてはかなり歪だ。だが、ぼくがジョニー・トーという監督に惹かれてしまうのは、この歪なバランスの悪さと一筋ならではいかない内容であって、さらにそこにストレートな映画愛が詰まっているから、なんじゃこりゃこりゃでも思わず泣けてしまうのだ。

というわけで、ジョニー・トーファンのみおすすめしたい作品――――いや、ファンでも拒絶しそうなほど濃厚な世界観だが、鈴木清順黒澤明が良い意味で融合したということを念頭において見ると見やすいかと、あういぇ。

柔道龍虎房 [DVD]

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