押井守が予言したジブリの未来『コクリコ坂から』

コクリコ坂から』鑑賞。

細部にまでこだわりぬいた映像を「もったいないなぁ」と思わせるくらいの短いカットで紡ぎ、さらに大胆に描写を省略するなど、日本映画ならではのおもしろさがあったことはまず評価に値する。

特に主人公/男の子のキャラクターが赤木圭一郎みたいな古き良き男前だったのには好感が持てた。「リア充映画だ!」と騒ぎ立てられているが、作品は学生運動を取り上げているため、実際のところ、先頭に立つリーダーはカリスマ性やある種のかっこよさが必要であり、声もV6の岡田くんにさせたことは正解だったように思う。圧倒的な美術のリアリティは郷愁感を超えた映画的な興奮が詰まっており、基本的にはそれに圧倒されること必至だろう。

――――が、『コクリコ坂から』は「動き」としてのアニメーションの魅力がかなり薄い。そもそもキャラクターたちに恐ろしいほど生命感がないのだ。

宮崎駿のそれと比べれば一目瞭然なのだが、宮崎駿のキャラクターたちは仰々しいほどに、喜怒哀楽がハッキリと表現される。井筒のおっさんはかつて「こちとら自腹じゃ!」で「人間ってな、そんなに笑わへんし、そんなに喋れへんねん!」と言っていたが、この物語は学生の話である。バカ話に華を咲かすこともあれば、爆笑したりすることもするだろう。

生活描写こそ細かいが、この作品はそう言った根本的なディテールがろくすっぽ抜け落ちているのだ。

特に主人公二人の無表情さといったらない。感情をつぶされたロボットのようである。いやある程度笑ったりはするのだが、それはあくまで笑ってる顔が描かれているというニュアンスになってしまっている。傷ついて悲しい時もいきなり布団に潜ってふて寝して、家族の人に「あの子、今日学校でなんかあったんじゃないの?ご飯も変だったし」と言わせるなど、セリフで説明させるという演出をとっていて、向こう側の感情がこちらにトレースされない。布団に潜ってる時点で悲しさを表現しているのだと言われればそれまでだし、それもひとつの正解なのだろうが、裏を返せば、それでしか悲しさを表現出来ないという風にも読み取れてしまう。

イノセンス』を作った際、鈴木敏夫が「今の若いアニメーターはキャラクターの動きと表情が書けない、それに対して宮さんは毎日イライラしている」と押井守に言ったがそれに対して押井は「そんなの当たり前だ!分かってなかったのか!もうとっくに若い人たちはそうなってるんだ!だからぼくはイノセンスを作ってるんじゃないか!――(中略)――高いところから落ちて痛そうな女の子は書けないけど、高いところからロボットが落ちて来る絵はみんな書けるでしょう、つまりそういうことなんですよ*1」と、まるで達観したかのようにさらっと言っていた。まさにそのことが現実にジブリの最新作の中で起きているのである。

一番それが顕著だったのが、自転車を漕ぐシーン。

二人の距離がぐっと縮まる最も重要なシーンだが、主人公を後ろに乗せて、男の子が漕ぎ出すと、なんと背景だけがものすごいスピードで動いて行くのである。『耳をすませば』からのオマージュだろうが、根本的な表情の演出が弱いため、こちらも背景が動かすことで逃げてるだろという風にしか感じないのだ。CGとの相性もあっただろうが、もし宮崎駿なら、手塚治虫のそれのように、向こうの方からカメラに向かって、走って来るというカットを採用しただろう。

いろんなところで、「セリフに頼らず感情を表現をしている」と書かれているが、多く使われていたとしてもその手段はたったひとつで、淡い恋を表現するのも、照れて、頬が赤くなるということしかしていなかったり、泣き出すシーンでは、泣きじゃくる顔を真っ正面から写さないなど、意図的にキャラクターの表情を見えにくくしているようにも思えた。

基本的に『コクリコ坂から』にはストーリーがない。一人の女の子が一人の男の子と出会って、取り壊される建物を守るべく奮闘するというのがプロットであり、そこに女の子と男の子の恋愛に障害があらわれるというのがもう一つの要素だ。

であれば、物語の軸は彼らの恋愛模様と青春なので、活き活きとしたキャラクターが活き活きと動かなければならない。これがこの物語に必要不可欠な要素である。中盤、主役の男の子が「まるで安っぽいメロドラマみたいだ」というセリフを吐くが、もし安っぽいメロドラマであれば、それこそ人間模様を重点的に描くべきだった。そのメインとも言える演出に翳りが見えてる時点で、この作品が魅力的であったとは言いにくい。

キャラクターに反して、町は盛大な描写がされており、とてつもない生命力に満ちあふれているのが興味深かった。キャラクターの表情が豊かに出来ないのなら、他で補えといったところだろう。押井守が言いたかったのはそういうことなのではないか。

というわけで、設定云々やリア充め!という感情よりも、作品として出来が今ひとつだったことは否めない『コクリコ坂から』。ぶっちゃけると、後半部分での思想がまったく許せないので、そこを含めると個人的には今年一番のワースト作。ただ、それを言うとネタバレになってしまうので、書かないでおこうと思ったのだが、勢いでTwitterに書いてしまったのであった――――楽しみにしてた人本当にごめんなさい。一応削除しましたので、あういぇ。

*1:イノセンスDVD特典参照