これを観た役者はみんな大泉洋に嫉妬する『探偵はBARにいる』

探偵はBARにいる』鑑賞。

横浜を舞台にした和製ハードボイルドアクションに『私立探偵 濱マイク』シリーズというのがある。古き良き日本映画への想いをストレートにぶつけ、横浜という街が持つ魅力をそのままトレースした作品で、人生の一作というわけではないが、妙に印象に残り、DVDBOXまで買ってしまったくらい愛着があるシリーズだったが、遂に2011年9月、それの北海道ススキノ版が誕生したという感じだ*1。しかも大泉洋というこれ以上ないキャストによってである。

ストーリーは至極単純。大泉演じる名前のない探偵の元に一本の電話がかかってきて、依頼を受けたら、事件に首をつっ込むなと警告代わりにいたぶられ……というヤツ。当然、探偵はだまっていられず、個人的な興味もあって、その事件を追い続ける。

全体的にはオーソドックスな作りであるが映像は才気に満ちあふれている。スローモーションから手持ちカメラ、ビルの屋上からのクレーンショットに、ストップモーションなど、ありとあらゆる映像表現の雨あられで、それが気を衒ってないのもいい。特にスローモーションに関しては登場人物たちの決意や心情までもあらわしているので、とても効果的だったといえる。ミーターズのようないい意味でけだるい音楽がメインだったのも場面にあっていた。

ハードボイルドを描くなら街を魅力的に描け!というのはよくいわれてることだが、濱マイクシリーズや新宿鮫がそうであったように、この『探偵はBARにいる』もまずススキノという街が本当によく描けている。主人公は束縛されるのを嫌うためにケータイを持ち歩いていないという設定だが、その設定が妙にマッチするくらい現代的な要素が抜けおちているロケハンである。古き良きとまでは言わないが、昭和のかほり漂う路地裏の風景、ネオン、さらに多く残る雪が様式的な世界に彩りをそえる。いかにもな風俗店の看板やバーもさることながら、レジがなく、食べたそばからその席に料金をおいて「ごっそさん」といいながら帰る飲食店の数々など、登場人物以前に、外側の世界がとても印象にのこる。

街だけでなく、頻繁に画面に登場する小道具もぬかりない。いつも革ジャケを羽織り、両切りの缶ピースギムレット、太田胃散に黒電話、エンジンのかかりにくいビュート*2などあえて昭和を意識したアイテムを登場させ、近年では珍しく喫煙シーンもふんだんに登場し、登場人物は酒をガブガブとあおる。

主人公が事件の概要をナレーションで説明したりと、ここまでハードボイルドの様式美が完璧に揃っているので、後は人物をどう描いてもおもしろく転がっていくわけだが、ここで北海道のスーパースター大泉洋がその世界に負けない個性をいかんなく発揮する。

「どうでしょう」的なオーバーリアクションとお笑いメソッドを前半にちりばめ、三枚目としてもイケるという状況を作りだしながら、後半はハードにクールに事件を追うさまが実にピッタリとハマっている。特にとある事件から怒りをあらわにし、相棒の制止を振り切ってまで暴走していくシーンは、そのオーバーなリアクションの意味合いがガラっとかわり、少しばかり震えが来たほどだ。そのキャラクターから元々シリアスな演技はむいてないと思っていたが、演出ひとつでここまでさまになるのかと感動すら覚えた。

大泉探偵の運転手であり、空手の達人であり、秀才な寝ぼすけを演じた松田龍平もまったくかっこよくないような造形になっていたのも好感度が高かった。正直、毎回表情が変わらず、CGで出来た人みたいなだなぁと今ひとつその魅力がわからなかった小雪も「謎の女」という意味では役にふさわしい。高嶋弟や西田敏行は少しばかりやり過ぎかなとは思ったが*3、それでもマネーメイキングスターをある程度使いながら、映画の世界を壊さないようにしていたのが勝因だったのではないか*4

というわけで、久しぶりに「分かっている、間違いない映画」に出会ったという感じ。和製ハードボイルドとしてシリーズ化も決定したことだし、DVDが出たら間違いなく買って何度も観るだろう。冒頭でも書いたが、『私立探偵 濱マイク』シリーズがお好きな方は是非に。良作です。あういぇ。

[追記]そう言えば、この作品で大泉洋が上半身裸になるが、その時に肉体が鍛え抜かれていて、ニヤリとしてしまった。何故かというと、この前に出演した『アフタースクール』という作品の中でも上半身裸になるのだが、それは脚本には書かれておらず、現場で急に監督に指示されたので、身体がたるんたるんだった。もし事前に言ってくれれば、鍛えておいたのに!とコメンタリーで言っていたので、恐らくそれのリベンジだったのだろう。ちなみに嵐の松潤は『アフタースクール』を観た後に、大泉洋に会ったとき「あそこで脱いだのは裸を見せたかったからなんですよね?」と言ったらしい。

*1:実際『我が人生最悪の時』との共通点が多々ある

*2:車は新しいがクラシカルな外観で有名

*3:特に高嶋弟の悪役は岸谷五朗が見せる演技メソッドにかなり近いものがあり、ゲイリー・オールドマンのそれを下敷きにしているのだろうが、あまりにも露骨すぎて……

*4:とは言っても大泉洋は北海道ではすさまじい人気であるし、彼がススキノを舞台にした映画を撮るとなったら、そりゃ北海道民は絶対に観にいくに決まってるわけだが