感情を編集でむきだしにする『監督失格』

監督失格』をレンタルDVDで鑑賞。

当時不倫関係にあったAV女優の林由美香との自転車旅行を*1収めたAV*2を発表した平野勝之監督。

なんでもかんでもおもしろいと思えるところは余すところなく撮りなさいと言われたが、肝心なシーンになると尻込みしてカメラを回さなくなる監督に向って「あんた監督失格ね」と言い放つ由美香。

自転車旅行の直後に不倫関係は終わったものの、その後も平野監督の脳裏に「監督失格」という言葉は焼き付くこととなった。

時は経ち、ドキュメンタリストとして、映画監督として、自身を振り返る作品をつくろうとしていた監督。由美香の存在は彼の人生を語るうえでかかせない存在なので、再びカメラにおさめるために、彼女の自宅へと向うが、なんとそこで由美香は亡くなっていた……というのが映画の概要。

愛人として、そして監督のミューズとして、さらには友人として、なくてはならない存在であった林由美香の死に対面してしまった監督。そこから二度とカメラを持つことはなかったと劇中でも語られるが、その平野監督が林由美香の死後、ある意味で彼女と決別するために制作された決意のドキュメンタリー。

基本的に外部の情報を少しばかり必要とするが、何も知らない人が見ても分かるように、ある程度の説明はテロップで表示される。かつての作品の映像やインタビュー、プライベートな部分で構成した編集は巧みであり、個人的に送ったメールまで映像として残しておいてあるという監督の執念がすさまじく、それを良しとしていた林由美香はまさに彼にとってのアンナ・カリーナだったといえよう*3

映画は現実を越えるものという認識が昔はあったと思うが、最近は本物が映画を越える瞬間というのを多々目撃している。

この『監督失格』も本物が映画を越える瞬間を克明にとらえており、それがクライマックスになるんだけど、ここはやはりいろんな人が言っているように、心臓えぐられた。

一時、門外不出となった封印の映像だが、それも納得であり、これがビデオにおさまっているというのは、ドキュメンタリーとしては奇蹟に近い。

が、それでも由美香の「死」そのものを映せなかったことにたいし「やっぱりオレは監督失格だ」と語る監督であるが、最も見たくなかったものを素材として、編集をしたのは、かなり精神的に辛かったのではないか。

つまり、この作品を作ることそのものが平野勝之監督にとっての決別だったのだ。作品として残すことによって、自分が何を思っていたのかがハッキリと分かり、そして、あの感動のラストにつながっていくということなのである。

おもしろいなと思ったのは、この作品の元になっている『由美香』と編集のテンションが違うという点だ。

監督失格』の前半は『由美香』の再編集版ともいうべき内容である。企画モノのAVとして作られただけあり、基本的にはものすごく笑える作りになっているのがポイント。東京から北海道までテントを張りながら自転車で旅し、その間にやりまくるというシンプルな内容で、最後の最後に大オチがあるわけだが、そこは吐き気を催すとともに死ぬほど笑った。テロップのセンスやタイミングなど、もしかしたら「水曜どうでしょう」はこの作品の影響下にあるかもしれない。

この『由美香』は当時憧れて好きで好きでたまらなかった人と付き合えたという幸福感からか、かなり楽しく、ほがらかな作りになっている。不倫相手との情交を映し、しかも最初のほうで奥さんまで映像に出すということで男としては最低だがドキュメンタリー監督としては文字通りすべてをさらけだしている。

が、この『監督失格』の前半を見ると、実は『由美香』という作品はすべてをさらけだしてないことが分かるのだ。正確にいうならば、幸せすぎて、実はあのとき本当はこういう感情がうごめいていたというのが見えにくかったということだろう。

実際見比べると分かるが、編集でギャグとして扱っていた素材が『監督失格』ではそれがすべてシリアスな映像に変わっている。

旅の途中で本当に映したくないものを映さなかった監督にたいし「監督失格ね」と言い放った由美香だが、それは『由美香』という作品そのものにもいえることである。言った本人としてはそこまでの意味があったわけではないだろうが「娯楽としておもしろおかしく編集したけど、実際にあのとき流れてた空気そのものはパッケージングしてないよね?そんなの本当のドキュメンタリーって言えるの?」という問いかけも含まれてる気がしてならない。

平野監督は今回、その問いかけに対して真摯に編集し、ここまでのものに仕上げ、そして『監督失格』という言葉から解き放たれた――――気がする。少なくともこの作品を観たぼくはそういう作風の違いでそれを感じとった。『由美香』が『女は女である』ならば、『監督失格』は『軽蔑』という感じである。

というわけで、もしこの作品に衝撃を受けたという人がいるならば『由美香』を観ることもおすすめ。どっちを先に観ておくかというのはそこまで重要ではないが、より作品を深く理解することが出来ると思われます。編集しだいで楽しかった感情やらいろんなことが浮かび上がってくるわけだから、映画ってのは奥深いですなー。

監督失格 DVD2枚組

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由美香 [DVD]

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*1:東京から北海道まで自転車でいくという過酷な企画モノ

*2:「東京〜礼文島41日間ツーリングドキュメント わくわく不倫旅行 200発もやっちゃった!」後に『由美香』と改題し、劇場公開された

*3:つってもアンナ・カリーナは映画に関係ない部分を撮影していたゴダールにブチ切れしたのだが