『贖罪』など黒沢清監督の作品を9本ほど観た

ここ最近、黒沢清作品を観ていた。見返したものもある。

『由美香』という作品がどうしても観たくなり、近所のレンタル屋さんで探していたら、VHSしか置いてないとのことで、部屋の奥にしまってあった、ビデオデッキを引っ張りだすついでに、VHSでしか観られない作品をついでに借りてきたのだ。

そのなかの二本が黒沢清の『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』だった。

まぁ、この二本がド級の傑作で、わりかし黒沢清は好きでこれまでも観てきたのだが、改めてそのすごさを思い知らされることになった。そこで一気に黒沢清熱が再沸騰し、最新作の『贖罪』もなんとか借りて観て(あまりの回転の速さでつねに貸し出し中である)、今まで観たヤツなどもまた見返したりしたので、そのぶんも含めていっきに感想を書こうと思う。

『贖罪』

WOWOWで放送され、監督が再編集した劇場版なるものまで製作された現時点での最新作。湊かなえ原作。小泉今日子香川照之が『トウキョウソナタ』に続いて参加。

基本的にはid:DieSixxさんがブログで書いてあることに完全同意で、1話はわりと引きをよくするために黒沢清にしては、普通につとめようという意志を感じられたが(それでも充分すぎるほどに、日本のドラマ界からすれば異質なものだけど)、2話と3話はその「節」なるものが全編にわたって炸裂し、黒沢清ファンならば狂喜乱舞すること必至。ロングショットのすばらしさ、長回しの緊張感、唐突な暴力、廃墟寸前の倉庫、そして基本的に何を考えているのか分からない人間など、出るわ、出るわの黒沢モチーフ容赦なし。4話は池脇千鶴の女優力を楽しみ、ミステリーとして、やや停滞するものの、5話でいっきに伏線を回収しつつ、緊張感のある作風に仕上げたのはお見事。やたらと評判がよかったがそれも納得。黒沢組初参戦の俳優たちもまるで常連のような雰囲気をまとっていたのが印象的だった。このキャスティングの妙は他の作品でも発揮されているのだが。


トウキョウソナタ

お父さんがリストラされたことからはじまる家庭崩壊の物語。作品自体はホームドラマの体裁ながら、黒沢清が近年撮りつづけてきた、人と人とは所詮わかりあえない、繋がりあえないというテーマを家族というものに着地させる。日常描写というか、家のなかの雰囲気を撮るのが黒沢監督はうまいが、それが今作では全開になったといっていいだろう。ギャグ満載で、かなり笑える個所も多いのだが、ギャグとして観ていいのか、マジメに観たらいいのか分からないテンションなのが黒沢流。アンジャッシュ児嶋の演技がものすんごくよく。黒沢監督曰く、起用はほとんど賭けに近かったが、見事にハマってくれたとのこと。これ以降、彼が俳優として活躍することになるのも納得の名演技だった。


蛇の道

超大傑作。ビデオ作品ながら完璧。低予算映画とはこう撮れ!みたいな見本のような作品。

ひとりの男が復讐するために、あるひとりの男をさらって拷問にかけるのだが……という流れからはじまるジャンルレスな物語はどのように転がるか分からず、あいからわずのロケハンのうまさに、底冷えするような狂気をみせる香川照之の演技は全キャリアのなかでもトップクラス。ロングショットのかっこよさ、長回しのうまさ、そのランタイムもふくめ、本当に完璧な黒沢清の最高峰。特にロングショットでカットを割らないことがここまで効果的に使われた作品があっただろうか。


蜘蛛の瞳

蛇の道』の続編的な扱いの作品で、世評はこちらのほうが高いものの、こちらはかなり狂ってる作品。北野武でいえば『ソナチネ』にあたる。画的にはかなりリッチでビデオ作品とは思えないほど映画っぽい作り。延々追っかけっこをしたり、ギャグも満載だが、ホラーっぽくもあり、とにかくなんでもかんでも入れてみましたみたいなサービス精神がすごい。しつこいぐらいに大杉蓮が車からギャーギャーいうシーンに爆笑してしまった。


『降霊』

こちらはテレビドラマで、後に劇場公開された作品。

そのタイトルやパッケージ等々、あきらかにJホラー的なアプローチで作られてるのだが、中盤あたりから映画の様子がガラっと変わり始める。霊が見え、さらにイタコのごとく、霊を体に乗り移らせることが出来る主人公なのだが、そんな能力のおかげで運悪く犯罪に巻き込まれ、それを隠蔽するために右往左往するはめになるという、コーエン兄弟の作品のようなタッチに。その立ち振る舞いに笑ってしまうシーンもあるが、真っ昼間っから霊が出てくるなど、やはりホラー的な表現はさすがの一言。草なぎ剛が見事なハマり役。『ドッペルゲンガー』や『LOFT』が好きな人におすすめしたい。


『893タクシー』

こちらもまたまたビデオ作品。

かなり多面体な魅力をもった作品であり、ひとことで概要を説明しにくい。お世話になった倒産寸前の自営業のタクシー屋さんの借金を返すために、組長がタクシー家業をするという話で、その部下も無理矢理タクシー運転手になる。全体的にコメディタッチだが、クライマックスのひっちゃかめっちゃかさなど、初期黒沢清作品に通ずるところも。基本的にはヤクザがカタギの人間に仁義を教わり、逆にヤクザ家業の人が仁義を重んじてないというテーマ。そこに様々な要素が絡んでいく。かなりおすすめ。大杉蓮がタクシーの中で女の人を素っ裸にし、アレにバイブを突っ込むというまたも特殊な役で登場する。


『DOOR III』

『DOOR』シリーズは高橋伴明監督の一作目しか観てないのだが、黒沢清版はまったくテイストの違う、むしろ「DOOR」全然関係ねーじゃん!という、むっちゃくちゃな作品。これを撮ったから『回路』に行き着いたのかなとか今となってはいろいろ勘ぐってしまうような展開。んで、やっぱりへんてこなエロあり。


『CURE』

改めて観たらやっぱり大傑作だった。ロングショット&長回しによる殺害シーンが最高に恐ろしく。空間の捉え方、物語に関係のない不穏な日常シーンを執拗に映すなど、その後のモチーフもたっぷり。そして、不条理に意味不明に不可思議に広がっていく殺人の連鎖と感染。これ以降、数作で組むことになる役所広司の完璧な演技とやはりいうことなし。ある種のプロトタイプというか、ひとつの黒沢スタンダードになってるような気もするが、本人はこの作品にたいしてどう思っているのか知りたい。


『叫』

いまのところ黒沢清の最高峰だろう。久しぶりに観て『CURE』と『回路』を足したような作品じゃないか!と思ったのだが、なんと数年前のエントリにも同じことを書いていた。『カリスマ』以降、終末的な世界観を描いてきたが、こちらでは『回路』で提示した「なんで幽霊って怖いの?」という答えのその先を描いている。まぁ簡単に書くと幽霊ってのは現世の恨みを関係ない赤の他人にぶつけてきているだけなのだ。いちおうこの作品では主人公とのつながりを少しばかり描いてはいるが、もし、これが自分に起こるとしたらかなり怖い。黒沢清を知りたければ、まずこの作品を観るべし。