ダニー・ザ・ドッグ

すごい映画だ!パワフルで映画における要素がすべて詰め込まれてる。すべて詰め込まれてるが故に、中途半端な印象もあるが、それを無視して、映画を純粋に楽しんでほしいという作り手の心意気にまず打たれる。そしてジェットリーを追い続けてた私としては、彼の持ち味を最大限に活かしたアクションと、彼の持ち味を活かした脚本に大興奮。ジェットリーじゃなければ成立しないストーリーをベッソンは練り上げたのだろう。スターありきの映画は多々あれど、その役者の持ち味を最大限に活かした脚本という事に、ジェットリーファンの私としては涙を拭えない。恐らくベッソンはジェットリーの大ファンなのだと思う。

ユエンウーピン、ルイリテリエ、リュックベッソン、この3人がジェットリーという素材を思い思いに調理し、そしてそれが化学反応の様に変化を起こし、ビックリする程の傑作に仕上がったのは、奇跡というほかない。一般的に見るとこの作品はたしかに「普通の映画」である、ハッキリ言ってこの作品の本質を理解出来る人は、ジェットリーのバックグラウンドやユエンウーピンの諸作品を見た人、そして『トランスポーター』に感動した人だろう。正直、この作品にここまで感動した自分にもビックリしている。それはまるでバラバラだったパズルのピースが、バシバシはまっていくような快感もあった。監督やベッソンの想いまで映像を通して伝わってくるようだ。この映画にはかなりの魅力があり、それを全部語り尽くすのは不可能にも思える。そして私自身の文章能力の無さを悔やみ、ここでどの様にこの作品に触れていいかわからない、ただ、ベッソンには我々と同じ想いがあったのだと思う。

「香港映画時代に負けない傑作を作り上げたい(我々も見たい)」という想いが。

実際『キス・オブ・ザ・ドラゴン』はベッソン製作だが、明らかに失敗作だ。いい人すぎるジェットリー、中途半端なブリジットフォンダ、なによりも編集でズタズタにされてしまった、ジェットリーのアクションは見るに耐えないもので、
「やはり海外でジェットリーの事が分かってる監督はいないなぁ」とかなり落胆した事を覚えている。『マトリックス』の何が偉かったのかというと、アメリカの監督が香港映画の監督以上にカンフーアクションの撮り方を分かっていたからだ。キアヌリーブスのアクションは香港映画界から見れば水準以下だが、見せ方がかなりうまく、ハリウッドでああいうアクションを撮れる監督がいるのかと感動した覚えがある。ユエンウーピンもそれに負けじと手数が多いカンフーを振り付け、ダンスを踊る様なアクションにした。これならばどんなにカンフーがヘタでも覚えるだけで、かっこよく見える、つまりカンフーアクションというのは偉大なコレオグラファー(香港では“武術指導”と呼ぶ)だけでは成立しない、監督の美意識がある程度固まってないと、いいものにはならないのだ。

ダニー・ザ・ドッグ』のアクションは香港映画ファンでも納得してしまう出来。派手さや迫力という点ではもちろん『天地黎明』や『天地大乱』には勝てない。だがアクションスターのピークを過ぎても、ジェットリー風味がしっかり出ている事に感動してしまう、見た目のインパクトは薄いが、完成度という点ではかなり高い。なんでここまでうまく撮れるのだろうと思ったが、監督は『トランスポーター』のルイリテリエだ、あの作品での中盤のアクションを覚えているだろうか?『天地争覇』のアクションを見事に再現していて、しっかりワンテイクで撮られていた。ジェイソンステイサム自身のアクションのうまさも相まって、あのシーンには心躍った。共同監督がコーリーユエンだったから、てっきりコーリーユエンが演出していたと思ったが、『ダニー・ザ・ドッグ』を見て、ルイがどれほど貢献していたかも分かってしまった。あのアクションが撮れたからベッソンも再び監督に起用したのだろう、それは間違ってはなかった。

ワンテイクでしっかりジェットリーの動きを見せ、画角を最大限に活かし、カメラが寄ってない事も評価すべき。ワイヤーもかなり地味に使われており、ジェットリーの神業も存分に味わえる。冒頭の超絶カンフーはユエンウーピンならではの振り付け、体全体を使い飛び跳ねた様なアクションを体験出来る。そして中盤の武器を使ったアクション、多人数相手に立ち回るジェットリーだが、ここも強烈だ。『マトリックス リローデッド』のアクションを軽々越えている、特殊な武器もさることながら、それぞれを独立して立ち回らせたり、組み合わせて撮ったりと見た目の変化も楽しめる、ここでのカット割りはちょっと多すぎる気もするが、しっかりとしたワンテイクのアクションもあるから、映画的な興奮と映画にしか出来ないカンフーが見れるのだ。そしてクライマックスの室内カンフーである、あの狭い所でのカンフーには驚いた。香港映画ではワイドである事を最大限に活かしたアクションを撮る、ジャッキーは後期こそ小道具を使って、ちょこまか動くアクションを撮ったが、『ヤングマスター』を見れば分かる様に、基本的にカンフーアクションだけは広くワイドに撮る。だが『ダニー・ザ・ドッグ』のカンフーはそんな香港映画では絶対に見られないような、狭い所でカンフーをする。ここは見ていて大興奮、是非その目で見ていただきたい。

アクションもさることながら、役者の演技を中心にしたストーリー展開も見逃せない。主要キャストは4人と少なめだが、それぞれが完璧な仕事をし、アクションだけの映画になっていない。ジェットリーにあまり喋らせないという演出は正解、彼の“いい人”っぷりを活かしたキャラ設定は、モーガンフリーマンの温かさも相まって、映画にいい方向性を持たらした。このキャスティングはかなり思い切った事だし、モーガンフリーマンもかなり戸惑いがあったのではないだろうか。この不思議なコラボレーションは映画に不思議な魅力を持たせ、盲目のピアノ調律師という設定も効いている。ボブホスキンスに強力な悪役を演じさせるというのも見事で、彼の演技には迫力があり、単なるチンピラ家業ではなく、本当に人を殺してきたかの様な怖さがある。調律師と犬だけだと単調にならざるをなない展開もケリーコンドンのスパイスを入れる事で、軽快なテンポを生み、家族愛というテーマを強調する事が出来た、キャスティングで言えば完璧だろう。

そして映像である、この作品『トランスポーター』の様にただ“撮られた”作品ではなく、映像美も見事である。シャープな映像で極力色を抑えたトーンは彼が見ている世界を表現しているようで興味深い。アクションシーンではモノクロの様に色が統一され、ピアノを弾くシーンでは木の色とも言うべきトーンになり、温かさと冷たさを映画的な手法で見事に表現した、もちろんカメラワークも随筆。記憶を辿っていくシーンでのカメラワークや過去と現在を同じカット割りで撮るなどの小技も効いている。

ピアノというシンプルなものを使って、ストーリーに組み込んだ事もすごい。単なるアクション映画ではここまで音楽の良さや温もりというものを表現しない、たしかにここはベッソンの打算的な部分が垣間みれるが、音楽で謎が解けるといったところや、音楽で人が救われるというテーマは音楽好きにはたまらない。しかもピアノというアイテムが非常にいいのだ、バイオリンやトランペットではここまでの感動にならなかっただろう。ピアノを調律するシーンのモーガンフリーマンのセリフの深みもピアノならではのものだと思う。

もちろん“ダニー”という存在のすべてを明らかにしないストーリー展開も秀逸だが、ここでは割愛させていただく。

今まで制作者や脚本家としてはパッとしなかったリュックベッソンだが、ハッキリ言って彼が製作にまわってからの最高傑作だと断言していい。正直、ここ最近見たどの映画よりも感動と興奮がハンパじゃなかった。ここまでの評価をするのは多分日本で私だけだと思う。もっと香港映画をプロフェッショナルに見る人や、アートフィルム寄りの人ではここまで楽しめないのだと思う。ジェットリーに思い入れが無い人、または熱狂的にありすぎる人もアウトだろう。もちろんベッソンのいい意味での打算的な脚本が嫌いな人もアウトだ。つまりこの作品はかなり狭いゾーンを狙って作られた映画でもある。もちろん一般のお客さんでもそれなりに楽しめるように作られているが、この作品を私の様に支持する人もいると思う。だからもしこのレビューを読んで興味があるのなら、このレビューはいっさい忘れて観る事をオススメしたい。