スピルバーグでも3本の指に入る傑作『宇宙戦争』


注・激しくネタバレしてます。未見の方は読まない方がいいと思われます。

私はスピルバーグという監督があまり好きではない。作品に墓場まで持って行きたいものとそうでないものがあり、残虐的でモラルハザードな映画も撮っているが、いつもいい子ちゃんにまとめようとする部分に共感が持てない。だが、自分の長所をしっかりと分かっているし、冒頭とラストさえなければ映画として完璧だった『プライベートライアン』を作り上げてからスピルバーグという作家に少しずつ興味を持ち始め、これ以降(本当は『シンドラーのリスト』以降なんだろうけど)彼はだんだんと映画のスキルを上げて行ってる気がする。もちろん全盛期に来るのは『E.T.』だとか『インディ・ジョーンズ』なんだろうけど、だんだん演出は若返り、お客さんが求めてるものよりも自分がやりたい事をやっていて気持ちがいい。

プライベート・ライアン』という作品の何が良かったか?それは3時間の間に悲惨な戦争以外何もないというところである。もちろんエピソードやキャラの描きわけなどあるが、戦争映画を描く時に悲惨な戦闘しかない事にスポットを当てたスピルバーグの感覚は極めて正しく。ヤヌスカミンスキーという最高のカメラマンを見事に使った傑作だった。これ以降、スピルバーグの作品はまた鳴りを潜め始める…

だが、『プライベート・ライアン』から5年という歳月を経て、ここにスピルバーグ最高峰の作品が現れた。それが『宇宙戦争』である。とにかく映画の表現として9.11で感じた恐怖をもっとも完璧に映し出す事に成功した作品。しかもそれがSFの古典中の古典なのだから、さらに驚く。

9.11で飛行機がつっこむ映像を見て「現実は映画を越えるんだ」と思ったのは私だけではあるまい。実際、飛行機がビルに突っ込んでく映像だけで、あの飛行機に乗ってる乗客の事や、テロの実行犯の心情、その他様々なバックグラウンドが浮かんで来たのは、やはり現実に起こってるからだという事だからだと思う。そして本当の事だからこそ、そこに底冷えするほどの恐怖感を感じた。スピルバーグがこの映像からインスピレーションを受けたかどうかはハッキリと断定出来ない。だが、“「飛行機が突っ込んでるだけの映像」から様々な物語を想像する事が出来る”という事をいち早く映画に取り込んだのがこの『宇宙戦争』なのだ。

この作品はもっともスピルバーグの中で怖い作品と断言出来る。SF映画というよりも“恐怖映画”だと言ってもいいくらいだ。ストーリーは一言で言えるくらいシンプルなもの。ただ単に「宇宙人が地球に攻めてくる」だけの映画である。本当にそれだけで何もない。というか、それだけの映画がここまでの傑作になったのにはわけがある。この作品が世に量産された宇宙人侵略ものよりも素晴しいのは、ひたすら大殺戮をする映像しかないからだ。宇宙人侵略ものの着眼点としてはかなり正しい。『スターシップ・トゥルーパーズ』もひたすら虫を殺すだけの映画だったが、そこに青春や体制が入り込んでいた。『プライベート・ライアン』も3時間に戦場しかなかったが、それでも物語の骨格はしっかりしていて、『七人の侍』を下敷きにした映画的興奮もあった。だが、これらの作品よりもさらに『宇宙戦争』はシンプル。開始15分でトムクルーズ演じる主人公を説明し、後はひたすら大殺戮&地獄絵図しかない。

もっと素晴しいのはトムクルーズの一人称だと言う事。『インデペンデンス・デイ』や『ディープ・インパクト』のように様々な家族の物語にすると勢いが削がれ、振り切るという事がなくなってしまうが、スピルバーグは徹底して宇宙人による大殺戮とパニックになった人々だけを1時間40分近く撮り続けた。これは極めて正しい選択だったと言える。

そしてこの作品はスピルバーグの中でCGの使い方が一番いい。CGとスピルバーグは塩辛と白飯くらい相性がいいが、今作ではそれを一番感じる事が出来た。スピルバーグはCGメインに演出をしない。カメラの動かし方など、CGを合成するという事を考えず映像メインで撮る。合成する方は一苦労だろうが、結果そこにはリアリティがあり、9.11で起こった現実をしっかり映画で越える事が出来た。宇宙人侵略という言葉に騙されるだろうが、インタビューでも語ってる通り、これは9.11というテロがもっとひどくなったらどうなるか?というものを真剣に描いた映画だ。それを多面体にせず、一人称にした事で残虐性を際立たせる事が出来る。世界中がやられてても写るのはトムクルーズの周りだけ、ここに真のリアリティと恐怖が存在するわけだ。連絡も取れないから、世の中の状況が分からず、不安に駆られるといった心情をセリフ無しでここまで演出したスピルバーグの手腕はかなり高く、それまで夢物語しか撮れないと思っていた私のナメた考えを覆すものとなった。

そもそもこのスピルバーグという人は夢を演出する反面、振り子のように残虐な描写も徹底して行う事の出来る監督である。出世作となった『ジョーズ』が人喰い鮫の話であるように、彼の映画には随所に残虐な映像が登場する。『宇宙戦争』もグロさはないが、完全に残虐性が高い映像集である。車が飛ばされトムクルーズに迫ってくる映像からの流れは一般の人じゃここまで考えられないよなというくらいひどい。家が一瞬にして破壊され、人が消されて行く様をひたすら映し続けるのには目を背けたくなるほどのリアリティがあった。SF映画だが、これは私が感じた事である。とにかく執拗な演出が怖く。この怖さが全体を覆ってる作品。

その怖さは人々がパニックを起こしたらどうなるか?というものにまで及んで行く。車を奪おうとした街の人々が窓ガラスに穴を空け、素手でそのガラスを取り除いて行く描写には驚いた。手がズタズタになってガラスが血で染まっていくのはかなり痛さを感じる。逃げ惑い、一軒の家に隠れたトムクルーズ親子だが、ここでのかくれんぼシーンも実に見事。かくれんぼというものをあれだけ映画的に出来るんだという事が素晴しい。地味で暗いトーンなのだから、宇宙人の姿は丸々見せなくてもよかったと思うが、まぁここはご愛嬌だろう。そして一番語っておきたいのが衝撃的なトムクルーズが起こす殺人シーンである。これには賛否両論あるだろう、殺す場面は映さないし。わざわざ入れなくても良い演出であるだろうが、家族を守るためならば、助けてくれたいい人でも殺す。ここにはすごく共感してしまった。これは私だけかもしれないが、こういう反モラルな部分がスピルバーグの本質の1つであり、CGを使った映像とはほど遠い演出だが、SF映画でこういう部分にも手を抜かないのはさすがである。

シンドラーのリスト』以降。スピルバーグの相方となったヤヌスカミンスキーの撮影が見事で、70年代の映画を思わせる荒々しい映像は、恐らく『プライベート・ライアン』で使った撮影方法と同じものだと思うが、これがパーフェクト。映像はリアルだが、キャラクターの周りを優雅に回る事で映画である事を再認識させられる。大殺戮が起こってる最中の魅せ方はうまく、100点満点と言ってもいいだろう。中でも車の周りをくるくる回りながら、ズームで寄ったり引いたりするシーンには鳥肌が立った。ワンカットだったが、CGでいろいろ手を加えているのだろう。ここは宇宙人による破壊シーンよりも度肝抜かれた。

評価が別れるトムクルーズだが、個人的には正解と思った。スターに頼らなくても内容で勝負出来る作品だが、トムクルーズの表情から出る優しさと父親としてのだらしなさが作品に家族愛という1本筋をもたらした。ダコタファニングはきーきーわめくだけだったので、かわいさは無くなったが、かなり熱演を披露している。終始天井が低い所での演技になってしまったティムロビンスだが、キャストを知らずに見たので驚いた。トムクルーズとの共演は初めてだろうが、きっと身長が2メートル以上あるからだろう。トムクルーズとの身長差をごまかすためにあんな体勢になったに違いない。

個人的に突っ込みどころも多々あり、クライマックスの展開は「ん?ちょっと嘘くさくないかい?」と思ってしまうほど、いきなり養分を吸い始めるし、トムクルーズはどうやって車から抜け出したのかわからない。吸い込まれた時片腕は掴まれてるのに何故に手榴弾のピンを3つも抜けたのだろう。宇宙人が操る殺人兵器の機能もどうなってるのかさっぱりわからないし、いっその事、はちゃめちゃに小屋などをぶち壊してしまえばいいじゃんと思ったが、スピルバーグはきっとありとあらゆる地球人の殺し方を映像にしたかったのだろう。ラストに出てくる設定はスピルバーグっぽい、なんでおかん生きてるの?なんで息子も生きてるの?あんなに大殺戮だったのに!っていうか、なんでオマエはそんなに戦いたいの?これもテロへのメタファー??ラストの展開はまぁいつもの感じだが、それがまったくクドくなかったので減点対象にはならない。

この作品はなんとスピルバーグにしては珍しく、ちゃんとした映画のリメイクである。オマージュや設定などの引用はあるが、オリジナルの映画があり、原作も超有名な古典である。ここまで書いておいて、なぜオリジナルの『宇宙戦争』に触れないかというと未見だからだ。もしオリジナルも見てたらもっと違う見方になったはずであるが、ここでは割愛させていただこう。

ひたすらに残虐的な映像を散りばめたスピルバーグ。彼の映画に対する本質が全開になった『宇宙戦争』はスピルバーグにしか撮れなかった作品であり、彼が現代でもっとも重要な映画監督の1人である事を再認識させられた。

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